覚え書:「私の社会保障論 興味深い新市長のあいさつ=湯浅誠」、『毎日新聞』2011年12月16日(金)付。





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私の社会保障論 興味深い新市長のあいさつ=湯浅誠反貧困ネットワーク事務局長)
福祉は最高収益の投資

 「深刻化する住宅難、減少し続ける働き口、憂いが深まる伝統市場や路地商圏、競争力が低下している自営業や中小企業。増える非正規職。そのどれもが、新しい解決策を求めています」
 先ごろ当選した新市長の就任あいさつ文の一節である。新市長は、現政権や既成政党に不満を持つ多くの市民の支持を集めて当選した。「圧勝
」とは言えなかったが、それでも対立候補に7ポイントの差をつけた。弁護士出身でアイデアマンとしても知られ、旧来の政治家像とは異なる雰囲気に、市民は「やってくれるかもしれない」と期待を抱いたのかもしれない。政策は十分に練りこまれているとは言えず不確実な部分も少なくないが、今回の選挙結果は既成政党に大きな衝撃を与えており、すでに新市長を「台風の目」とする政界再編が始まっている。
 新市長のあいさつ文は次のように続く。
 「1%が99%を支配する、勝者が独占し多数が不幸になるという現象は公正な社会ではありません。過度な競争で皆が疲れ弱っていく生活は、公平な世界ではありません」
たしかに、過度な競争は多数の人々を疲弊させ、社会の活力を失わせるだろう。それは公正ではないだけでなく、効率的でもない。だから新市長は次のようにも言う。
 「福祉は人間に対する最も高利回りの貯蓄であり、将来に対する最高収益の投資です。福祉か、成長かの二分法はもはや通用しません。過去10年の間に、成長かのが必ずしも福祉をもたらすわけではないということが明らかになりました。むしろ、福祉が成長を牽引する時代になったのです。何よりも我々は、OECD経済協力開発機構)加盟国で最下位の福祉水準という不名誉から抜け出さなければなりません」


 投資とは、何も企業に対するものを指すわけではない。新市長がさっそく実現した公約は大学の授業料半額化だった。授業料負担に耐えられず疲弊していく若者の存在は、生産年齢人口が減る中、端的に社会の損失である。それを回避し、人を育てる費用は、貯蓄であり投資だろう。福祉のない成長を、結果的に将来世代の可能性を食いつぶす。それゆえ新市長は宣言する。
 「福祉は施恵ではなく、市民の権利である」と。
 新市長とは、朴元淳(パクウォンスン)。10月26日に誕生した韓国の首都ソウルの新市長である。途中まで「あの人」と似ていると思った方がいたかもしれないが、全然違う。そもそも朴氏は「市長こそが市民であり、市民こそが市長なのです」と言い、独裁を掲げてはいない。

OECD加盟国の福祉 年金や家族給付、就職支援などといった公的社会支出の一般政府支出における割合(07年)でみると、韓国は26・4%とOECD32カ国中(チリとトルコはデータなし)最下位。唯一、30%を切っている。日本は51・7%で11位。トップは57・8%のドイツ。
    −−「私の社会保障論 興味深い新市長のあいさつ=湯浅誠」、『毎日新聞』2011年12月16日(金)付。

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