「新春座談会:2012年 日本経済、逆境から将来へ」、『毎日新聞』2012年1月1日(日)付。

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新春座談会:2012年 日本経済、逆境から将来へ

 東日本大震災と福島第1原発事故、欧州債務危機、歴史的な円高……。未曽有の試練にさらされた2011年の日本経済。景気低迷や財政悪化に加え、産業空洞化・雇用喪失懸念も高まる中、将来をどう切り開けばいいのか。経済界で活躍するファーストリテイリング社長兼会長の柳井正さん、イー・ウーマン社長の佐々木かをりさんと、「『フクシマ』論」で注目される新進気鋭の社会学者、開沼博さんに論じてもらった。(司会は松木健・毎日新聞東京本社経済部長、写真・岩下幸一郎)

「経済敗戦」から再起−−柳井さん
もっと多様性持って−−佐々木さん
ポスト成長、自覚を−−開沼さん
日本経済の現状

 −−バブル崩壊後、日本は変革を迫られながら、できずに来ました。
 柳井さん 日本は90年代以降、成長しておらず、経済敗戦の状況。震災への対応で政治や行政の古い体質が浮き彫りになったが、それでも「まだ何とかやっていける」との雰囲気がある。税と社会保障の一体改革の議論でも(弱者への)分配論が目立ち、仕事を持って自立し稼ぐことの大切さが置き去りにされている。

 佐々木さん 日本は戦後、経済的に豊かになり、「そこそこの幸福感」を得た。新興国の台頭や少子高齢化など構造変化で、旧来式では前に進めないと分かっていても「そこそこうまくやってきた」との思いが残り、次の成長へのエネルギーにつながってこない。

 開沼さん 若者世代は生まれた時から絶望もしないが、何かをなし遂げたいという渇望感もあまりない。6〜7歳の時、バブルが崩壊し、景気は悪くなったが、周りにモノがあふれていた。多くの家庭に車があり、海外旅行も(安くなって)望めば行ける。安直な希望に満足しがちだ。

 −−欧州危機や超円高、電力不足など環境は厳しくなっています。
 柳井さん 経済の国境はなくなった。我々は小売業で本来、最も国内的な産業だが、生き残りをかけて海外に出ている。「日本製は品質がいい」との考えだけでは通用しない。日本のトップ企業でも、グローバル化に遅れれば負ける。

 佐々木さん 80年代の「ジャパン・アズ・ナンバーワン」的な発想から脱皮して真摯(しんし)に前進する時。個々の企業がグローバル市場にいることを認識する必要がある。「日本の会社」の枠を超えることが求められている。

 開沼さん 経済低迷の中、日本企業は高付加価値のモノ作りで生き残りを目指しているが、うまくいっていない。若い世代は「経済の閉塞状況」に慣れきってしまっている。

 −−グローバル化は産業空洞化や雇用喪失をもたらす側面もあります。
 柳井さん 空洞化は先進国共通の問題。企業も個人もそれを前提に考えていくしかない。かつて隆盛を誇った日本の繊維や石炭産業は国際競争に敗れて衰退したが、今回のグローバル化の波はもっと大規模で激しい。日本の企業も国民もいまだにバブル期までに蓄積した財産を食い潰して過ごしているが、このままでは衰退の一途だ。「昔の栄華を懐かしむ」のはバックミラーを見ながら車を運転するようなもの。日本にずっと住んで働いて成功できる時代ではない。

 佐々木さん 商社に入った若者でも海外赴任を嫌がる人がいると聞くが、地球上のどこでも力を発揮できる人材であってほしい。働くとは、機能することであり、役立つということ。大学の就職課はいまだに学生をブランド企業に就職させることを目標にしているが、教育現場の意識を変え、若者が働くことで貢献していく可能性を広げてほしい。

 開沼さん 日本社会が抱える困難がフクシマ論で描いた原発立地自治体の出口なき現状と重なる。福島第1原発事故後も立地自治体の選挙で原発推進派が勝っているのは、原発関連の雇用が無ければ経済が成り立たないから。製造業を誘致しても円高で海外に移ればおしまいだし、1次産業はもちろん、今さらリゾート開発の夢も見られない。空洞化問題も同じで、リスクを知りながら、先延ばししたことで対応が難しくなっている。


 ●TPPどう対応
 −−世界に誇った自動車や電機産業も韓国などに追いつかれ、テレビさえ国内で作れない状況です。
 柳井さん 何でも日本でやろうと考えない方がいい。日本人は他国の文化と付き合うのが苦手だが、グローバル時代に適応しないと企業も個人も生き残れない。環太平洋パートナーシップ協定(TPP)参加は日本再生の最後のチャンスかもしれない。国益を失うとの声があるが、日本は戦後、米国などとの交渉をこなし、経済大国になった。

 佐々木さん TPPで日本と相手国双方がプラスを作り出す可能性はある。外交交渉力がない前提で「TPPに入れば負ける」との議論はやめたい。うまくいかない点が出ても、それをバネに前向きに変わればいい。

 開沼さん ある地方議会で若い議員1人だけがTPPに賛成した。地域の職業構成は8割がたが第2次、3次産業で第1次産業はわずか。議員の多くは何となく農漁業が脅かされると反対したが、若い議員は「思考停止からは何も生まれない」と同調しなかった。考え続ける中に答えはある。

 −−社会保障制度をはじめ戦後を支えたシステムが機能しなくなっています。
 柳井さん 国は国民や企業の財産を赤字国債という借金に変え、年金など社会保障を繕っている。国民の大切な資金を預かり、利子を付けて年金で返すと言いながら、約束が守られていない。消費税増税を言うなら、そのことをまず謝るべきだ。何でも上から制度で縛るのもやめた方がいい。オリンパス損失隠し事件では規制でガバナンス(企業統治)を高めようとの声があるが、事件は規制の緩さに帰因するのではなく、経営者の問題だ。
 開沼さん 若い世代は将来十分な年金がもらえない不安を持ちつつも、どう備えるかまでは考えていない。どうせもらえないなら、保険料を払わなくてもいいかと開き直っている。

 佐々木さん 参政権を18歳に引き下げて若い世代の意見を政治に反映させることが大切だ。教育や若者にもっと投資する必要があるが、そういう声が政治に取り上げられていない。政治や企業にはもっと多様性が必要。「女性や外国人の登用を増やすだけで多様性が持てる」と誤解されることがあるが、多様性の本当の意義は10人いればみんながそれぞれ案を出し、多様な視点で物事を決めること。日本は戦後長らく、東京中心の一定の大学を出た男性が政治、経済、メディアの実権を握って「あうんの呼吸」で物事を決めてきた。かつてはこの「ボーイズネットワーク」がスピードや力を持ったが、グローバル社会や多様性の時代に移り、機能しなくなっている。


 ●企業や働き手は
 −−企業や働き手はどう変わるべきですか?
 柳井さん 二十数年前、中国から香港に移った華僑と仕事した。彼らがアジアでモノを作り、欧米に売る姿を見て、ビジネスに国境はないと痛感した。日本も第二次大戦後は何もなく、ビジネスマンは海外にモノを売りに行った。開拓者精神を取り戻す必要がある。

 開沼さん 福島では安全神話に頼った国の原発行政が制度疲労を起こしていたにもかかわらず、根本的な安全対策をしなかったことが事故につながった。古いOS(基本ソフト)にアプリケーション(応用)ソフトを追加してもバグ(不具合)が出て、パソコンが動かないようなものだ。空洞化や若者の雇用も同じで、高度成長期やバブル期の思考のままでは対応しきれない。

 −−バブル期に働き盛りだった世代は、何とか食っていけるとの思いが強い。その世代がリストラの標的になる一方、若者は将来に希望が持てずにいます。
 柳井さん 日本全体がサラリーマン社会になってしまったということ。バブル世代も「意識を変えないと死にますよ」と言われたら、頑張らざるを得ないはずだ。若い人にはもっとチャレンジしてほしい。日本にはあらゆるビジネスの要素があり、急成長するアジアも近い。中国にも欧州にも飛躍する舞台はある。

 佐々木さん 希望とは自分で作り出すもの。私の子供時代はインターネットは無く、ネット企業で活躍することは想像しなかった。待っていないで動くことが大切だ。

 開沼さん 若者に覇気がないと言われるが、上場企業で25歳の最年少社長が誕生し、地方議会では地盤・看板もない20代後半の若手がトップ当選している。ただ、若手には枝葉末節の追求にとどまる傾向もある。安全保障なども含めて、上の世代が築いてきた国家レベルの大きな問題設定を乗り越えることが必要だ。

 ●今年はどんな年
 −−12年は日本にとってどういう年ですか?
 柳井さん 日本がバブル崩壊後の経済敗戦から立ち上がる年になってほしい。単なる経済回復を目指すのではなく、日本人や企業がもっと目線を上げて、もう一度、世界でナンバーワンになるには何が必要かを考えていきたい。

 佐々木さん 一人ひとりが世の中に何をプラスできるかを考え、行動する年。うまくいかなくても、制度や他人のせいにせず、自分が組織や日本をどう良くできるかを考え行動すれば、必ずいい方向に動く。

 開沼さん 11年は日本がポスト成長期の自覚を突きつけられた。85年のプラザ合意からか、95年の円高時からかなど起点の設定の仕方はいろいろあるが、成長期に培われた制度やシステムが疲弊しているのに、国や企業、個人は十分に自覚せず、課題を先送りしてきた。その結果、多くの矛盾が噴出している。震災はこの現実を鮮明にしたが、私たちはまだ考え方を変え切れずにいる。12年はポスト成長時代を自覚した上で、新しい価値観をどう作るかが課題。そうしないと、一層厳しくなる。

人物略歴

 ◇やない・ただし
 ファーストリテイリング社長兼会長。父が創業した小郡商事を「ユニクロ」ブランドを擁する国内最大のカジュアルウエアチェーンに発展させた。山口県出身。62歳。

 ◇ささき・かをり
 イー・ウーマン社長。ウェブ上で「働く人の円卓会議」を展開、企業のブランドコンサルティングや商品開発を行う。国際女性ビジネス会議を主宰。横浜市出身。

 ◇かいぬま・ひろし
 社会学者。東大大学院博士課程在籍。3・11以前に進めた福島第1原発と周辺地域の考察「『フクシマ』論」で第65回毎日出版文化賞福島県いわき市出身。27歳。
    −−「新春座談会:2012年 日本経済、逆境から将来へ」、『毎日新聞』2012年1月1日(日)付。

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http://mainichi.jp/select/biz/news/20120101ddm010020007000c.html





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