覚え書:「再生への提言:東日本大震災 自発的変革の気概を=ジュネーブ大教授・日本学科長、ピエール・スイリ氏」、『毎日新聞』2012年3月14日(水)付。


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再生への提言:東日本大震災 自発的変革の気概を=ジュネーブ大教授・日本学科長、ピエール・スイリ氏

 昨年、私は本紙で「日本では天災が世直しの契機でもあった」と指摘した。あれから1年。私は失望している。日本の内側から、大きな復興を契機に、長期停滞の20年を再構築する気概も生まれてくると期待したが、無反応なままであるのに驚いている。
 歴史家の目から見て、今の日本の停滞の原因は、積極的に独自の未来モデルを創造してこなかったことにある。経済・外交政策の失敗、懸念されていた問題に抜本的な対策をとらず先送りしてきた。
 戦後復興の後に、独自の対策を生み出す機会も十分あったに違いない。その後、新自由主義経済をモデルに取り入れたが、現在それが失敗であったことが分かっているのに、曖昧なままだ。外交は、いまだに領土・歴史問題でもめている。第二次大戦の戦後処理からいつまでも解放されない。対米関係も、沖縄問題が象徴するように従属的な立場しか見えてこない。
 福沢諭吉は「文明論之概略」の中で、あらゆる人間関係が「力」の大小で序列化された「権力の偏重」を、日本文明を貫く病理と指摘したが、それは今なお根強いようだ。あまりにも権力に従順すぎる傾向を感じさせる。
 中世の日本では、領主、農民、僧侶、町衆などあらゆる階層で、共通の困難な課題に立ち向かう自立的集団「一揆」が結成され、社会を根本的に動かすダイナミズムがあった。日本には時代の課題に鋭く反応してきた伝統があり、江戸、幕末、明治、大正、戦後まで、自発的な変革のエネルギーが躍動していた。
 それが1980年代ごろから消滅し始めた。各階層の指導者たるべきエリートたちが、社会変革の責任を果たしてこなかったのが原因だ。国家と民衆への裏切りと言ってもおおげさではないだろう。
 表にまだ表れていないが、エネルギーは生まれようとしているのかもしれない。社会を変革させてきたダイナミズムの歴史の片りんを、近い将来に見ることができるだろうか。【聞き手・伊藤智永

人物略歴 元日仏会館フランス学長(99〜03年)。59歳。
    −−「再生への提言:東日本大震災 自発的変革の気概を=ジュネーブ大教授・日本学科長、ピエール・スイリ氏」、『毎日新聞』2012年3月14日(水)付。

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http://mainichi.jp/select/weathernews/news/20120314ddm003040128000c.html


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