覚え書:「今週の本棚:中村桂子・評 『家族進化論』=山極寿一・著」、『毎日新聞』2012年08月12日(日)付。



        • -

今週の本棚:中村桂子・評 『家族進化論』=山極寿一・著
 (東京大学出版会・3360円)

 ◇父性の登場から「家族の起源」を探究する
 人類の社会生活の基礎である性・経済・生殖・教育の四機能を果たすのが家族であり、世界中の共同体が家族を単位としている。しかもこれは人間以外の動物には見られない。
 家族って何だろう。どのようにして生まれたのだろう。その崩壊が語られる今、それを問うことには大きな意味がある。家族の起源を霊長類から人類への進化の中に探ろうとする学問は、サルの個体識別という独自の方法により日本で始まった。その後海外での研究も始まり、主としてアフリカの類人猿(チンパンジーボノボ、ゴリラ)社会の研究からさまざまな考え方が出された。その中で著者は、父系であるゴリラ社会で、母親という生物学的存在に対し、父親という文化的存在が生まれたことが家族への道だと提唱した。
 しかし、類人猿の一生と世代の追跡、遺伝子(DNA)解析による個体移動や繁殖行動の追跡ができるようになったことに加え、多くの人類化石が発見されたことにより、家族起源の再考の必要が出てきた。新知見を取り込んだ新しい家族誕生物語りへの挑戦が本書である。
 ここ二〇年、この分野の研究は急速に進んだ。とはいえ、そこから進化の道筋が明確に見えているわけではない。たとえば採食戦略の生態学モデルでは、果実を好むオランウータンやチンパンジーはメスが結束するはずなのに、共に単独行動をとる。一方葉や地上の草本を食べるゴリラはメスの集合の必要性はないはずだが、常に群れを作っている。条件は複雑なのである。
 人類もチンパンジーと同じように分散した食物を採集していただろう。更に平原にまで出たのだから肉食動物から身を守る必要もある。これが、エネルギー効果をよくする、外敵を威嚇する、食物を運ぶという能力を支える二足歩行、更には脳の増大へとつながったと思われる。現代の狩猟採集民では、採った食物を持ち帰って皆で食べる。チンパンジーは要求されない限り自ら分配することはない。ここから、採集した食物を仲間のところへ持ち帰っての共食が、人類を特徴づけたと著者は言う。
 一方、ミラーニューロンの発見でサルにも共感能力があることがわかったが、互酬的な行動は母子、広がっても血縁関係内に限られる。人間社会では家族はもちろん、共同体の大人が子どもを教育する。このような社会は食の社会化と共同の子育てとから生まれたもので、そこに父性が登場すると著者は解析する。集団生活をする霊長類で母親以外に子育てに参加するのは母親と血縁関係にあるメスである。オスは集団内の子どもやメスを外敵から守る役割をし直接の子育てはしない。しかし、いくつかの種では父性と呼ぶべき行動が見られるのである。たとえば、著者の研究したマウンテンゴリラの場合単雄複雌で長期にわたる配偶関係を維持し、オスは、思春期になって集団から離れるまで子どもに関わることになるので、その間子どもたちを保護するのである。父である。
 初期人類も共同子育てをしただろう。子育てと食の共有で共感力を高めた人類は、音楽、そしてそこから生まれた言葉によるコミュニケーション能力の獲得で、仲間の関係をもう一段階進めたというのが本書の新しい視点である。霊長類の集団でのコミュニケーションの基本は歌と身振りであり、人間でもそれは言葉以上に信頼や安心をもたらす効果を持つと著者は言う。
 今家族の崩壊が見られるのはこの対面でしか成立しないコミュニケーションが希薄になっているからだという主張に共感する。
    −−「今週の本棚:中村桂子・評 『家族進化論』=山極寿一・著」、『毎日新聞』2012年08月12日(日)付。

        • -










http://mainichi.jp/feature/news/20120812ddm015070012000c.html




202


203



家族進化論
家族進化論
posted with amazlet at 12.08.14
山極 寿一
東京大学出版会
売り上げランキング: 1981