覚え書:「記者の目:トルコなどへの原発輸出=花岡洋二」、『毎日新聞』2012年09月13日(木)付。



        • -

記者の目:トルコなどへの原発輸出=花岡洋二

 東京電力福島第1原発の事故後、政権の座に就いた野田佳彦首相は、国内の「脱原発依存」を表明する一方で、国外へは原発を輸出する方針の継続を打ち出した。しかし、その輸出先の有力候補であるトルコとヨルダンの原発政策を現地で取材すると、反原発世論は強かった。反対世論は、受注後の工事遅延など経済的損失につながる危険があるだけでなく、二つの親日国家において対日不信を生むリスクすら伴うと感じている。
 民主党政権は、10年6月発表の新成長戦略で原発輸出を目玉に位置づけ、官民一体でトルコやヨルダンなどでの受注を韓国などと争っている。一方、内閣府原子力委員会は、国の原子力政策となる「原子力政策大綱」の改定作業を行っていて、原発輸出にかかわる政府の今後10年ほどの方針も近く決まる見通しだ。

 ◇福島事故以降 敬意が失望へ
 4月下旬、トルコの建設予定地シノップを訪れた。通訳をお願いしたセルハト・チャキルジオールさん(31)は、5月上旬に北海道電力泊原発が検査で停止すれば、54基(福島第1原発含む)の日本の原発で稼働しているのがゼロになると報道で知った。原発賛成でも反対でもなかったが「原発は必要ないのでは」と思い、トルコでの情報と議論の不足を痛感したという。
 予定地を案内してくれた反原発活動家のハレ・オウズさん(58)は「日本人はヒロシマナガサキを経験したのに原発に反対せず、フクシマを経験後にシノップに原発を造ろうとするのか」と怒った。海外の人が日本人に「ヒロシマナガサキ」を語る時、国土破壊から復興したことへの敬意が含まれることが多い。イスラエル占領下のパレスチナや内戦と大津波で荒廃したスリランカなどで「希望」と同義で語られるのを聞いた。こと原発問題ではこの敬意が失望へと転じているのだ。
 シノップに「ジャポン(日本)・マーケット」というスーパーがある。「日本」は高品質を印象づけるブランドだ。別の活動家のメティン・ギュルビュズさん(54)は店の前を通り過ぎながら「日本の原発が建つならば、町では日本製品をボイコットするという話になっている」と話した。
 シノップでは、原発に対する拒否感がもともと強く、市長は反原発を掲げて09年に当選した。地元が原発を誘致した事実もない。背景にあるのは、86年のチェルノブイリ原発事故と、事故後にトルコ政府が見せた「隠蔽(いんぺい)体質」だ。シノップでは、がん発症や死産が事故の影響だと信じる人に次々と出会う。政府は、がんの増加や事故との因果関係を否定する。だが地元の保健当局者は「甲状腺前立腺、肺のがんは増えている。事故と関連付ける調査をしていないだけだ」と打ち明ける。
 政府への不信は、イスタンブールアンカラなど大都市でも感じる。チェルノブイリ事故で放射能汚染が確認されてドイツが輸入を禁止したナッツを政府は全国の小学校に配った。それを食べたことを多くの人が覚えている。フクシマ直後にも、エルドアン首相が事故を軽視する発言をした。トルコは、1960年代から原発の建設を追求しながら、国内世論の反発などで、1基も保有していない。
 そんな中、「日本ブランド」をてこにして原発を推進したいという思惑も感じる。政府高官は技術力の高さを語る。トルコ原子力エネルギー庁(TAEK)のヤルチン元長官(78)は「フクシマが原子力のプラスイメージを破壊した。でも日本がヒロシマナガサキを乗り越え、地震国であるにもかかわらず原発を54基も持っていることを強調し続けると、いずれ国民は忘れる」と話す。

 ◇日本ブランド 安易に利用
 シノップ中心部に、原発の安全性を啓発するエネルギー庁の施設があり、世界16カ国の原発を写真とポスターで紹介している。施設の説明係(38)によると、関西電力美浜原発の手前で人々が海水浴をする写真は「安全性の証拠」であり、大飯原発の外観の「美しさ」を強調しているという。しかし、発電の仕組みを図示したポスターの前で、私が「BWR(沸騰水型軽水炉)ですね」と質問したら、「技術的なことは分かりません」と申し訳なさそうに答えた。一部推進派が「日本ブランド」のイメージを原発売り込みのため、安易に使っているように感じた。
 疑念を持たれる原発輸出は長い目で見て日本の国益にかなうのだろうか。日本の「脱原発依存」が進めば再生エネルギーの技術力も格段に高まるだろう。ならば、再生エネルギー分野の技術移転を日本の長期の成長戦略の柱に据えるべきではないか。(エルサレム支局)
    −−「記者の目:トルコなどへの原発輸出=花岡洋二」、『毎日新聞』2012年09月13日(木)付。

        • -







http://mainichi.jp/opinion/news/20120913k0000m070113000c.html





203