覚え書:「書評:東と西 横光利一の旅愁 関川 夏央 著」、『東京新聞』2012年11月4日(日)付。




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東と西 横光利一旅愁 関川 夏央 著 


◆狭間で生きる作家の苦闘
[評者]菅野 昭正
 文芸評論家。著書に『横光利一』『明日への回想』など。

 大正末から昭和初年にかけて、モダニズムへの志向が文学・芸術の世界で、異例な高まりを見せた時代、横光利一はその先頭に立っていた。西欧の動向に触発されて時代の尖端(せんたん)に立とうとするモダニズムは、当然、私小説や古い自然主義的リアリズムの側から、強い逆風を受けることになる。そんな状況のなかで、新しい作家たろうとする横光は、悪戦苦闘を強いられたのだった。
 やがて昭和十一(一九三六)年、横光は西欧に旅行する。そして西欧の文物を直接に見聞して、西欧の文明を受容しながら生きなければならない日本人の問題と、正面から取りくもうと考える。旅の翌年から書きはじめられた『旅愁』は、それを実践に移した壮大な野心作になるはずであった。
 本書は、題名に掲げられているとおり、東洋と西洋との狭間(はざま)で生きる難しい問いと、誠実に向かいあった作家の苦闘の軌跡を、見とどけられるところまで見とどけようとする試みである。その目標にあわせて、『旅愁』をはじめ横光の作品から必要な部分を引きだして問題のありかをさぐろうとする。一方、横光の作家生活の閲歴を追いながら、それを作品につなぎあわせる手法が見える部分もある。昭和十年代、戦雲がたちこめるなか、横光が超国家主義の方向に傾斜して、『旅愁』があえなく挫折する悲劇を明らかにするのに、その叙述の方向は効果的だったと思われる。
 また、横光の生涯と作品だけに的を絞るのではなく、遠くは明治時代から、西と東との交渉につきまとう、協和と違和との錯雑なからまりあいと向かいあった先人たちの事例にも、著者は眼をとどかせている。そういう歴史を思いあわせるとき、敗戦までの昭和日本の悲劇を体現した横光利一を、どんな場所に位置づければよいのか。その解答を見つけだすよう、この本は読者に呼びかけているのである。
せきかわ・なつお 1949年生まれ。作家。著書に『家族の昭和』『子規、最後の八年』など。
講談社・2310円)
 もう1冊
 保昌正夫横光利一見聞録』(勉誠社)。昭和文学に大きな足跡を残した作家の実像を、当時の文壇状況も踏まえて多角的に検証。
    −−「書評:東と西 横光利一旅愁 関川 夏央 著」、『東京新聞』2012年11月4日(日)付。

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