覚え書:「今週の本棚・本と人:『赤猫異聞』 著者・浅田次郎さん」、『毎日新聞』2012年11月04日(日)付。




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今週の本棚・本と人:『赤猫異聞』 著者・浅田次郎さん
 (新潮社・1575円)

 ◇罪人解き放ちの中にみる「礼」−−浅田次郎(あさだ・じろう)さん

 明治元(1868)年暮れに東京の町を襲った火災。この時、伝馬町牢(ろう)屋敷で行われた罪人の解き放ちについて、「後世司法ノ参考ト為(な)ス」ために7年後に役人が関係者に聞き取りをするという体裁の長編小説。ここにあるのは公文書ではなく、「異聞風説ノ類」だと断って、物語の幕が開く。

 通じていた奉行所の内与力にはめられた夜鷹(よたか)の元締め、親分の身代わりに捕まった博徒、官兵を辻斬りしていた旧幕軍の旗本。理不尽な仕打ちを受け、意趣返しに向かいそうなこの3人は果たして帰ってくるのか。

 3人それぞれに事情があるものの、「法」は個別ケースに冷淡だ。「『法』とは何かがテーマ。儒教の言う五常の徳『仁義礼智信』に『法』はない。孔子の時代、社会を維持していたのは『礼』によって。これは人間としてやるべきこと、行動規範です。礼が廃れ、法ができた。江戸時代は法の基に礼があった。明治以降、法に触れなければ何をしてもいいという考えが広まったが、礼を失するのは法を犯すより劣っている」

 5章構成で、登場人物が何があったのかを次々に語る。語りの中から義理、人情、人間の誇りが浮かび上がる。語りを駆使した大作に『壬生義士伝』『一刀斎夢録』(ともに上・下巻)などがある。今回は300ページに満たない作品だが、心に残る余韻は大きい。小説巧者が、おいしい料理を食べさせてくれた感がある。簡にして要を得た文章が、かえって感情を揺さぶる。

 短歌、俳句を「日本語の法典」と呼ぶ。「一つの文章修業だよね。どうすれば最少の日本語で最大の世界を見せられるか、という芸術だから」

 「余韻」をこんなふうに説明してくれた。「ドラマのあて書きでなく、ゲームや漫画の代償でない、小説でしか表現できない世界がある。それが『コク』というもの。僕もそういう小説を食って生きてきた。いい小説は考えさせられるので、体の中に居座るよね。折に触れ、思い出すから」

 ところで、明治元年の大火は史実だろうか。「ん? うそだよ」<文・内藤麻里子/写真・猪飼健史>
    ーー「今週の本棚・本と人:『赤猫異聞』 著者・浅田次郎さん」、『毎日新聞』2012年11月04日(日)付。

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