覚え書:「今週の本棚:愛と憎しみの豚=中村安希・著」、『毎日新聞』2013年03月10日(日)付。
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今週の本棚:愛と憎しみの豚
中村安希・著
(集英社・1680円)
関西で肉まんを「豚まん」と呼ぶのは、それだけ牛肉の方が身近だから、と大阪出身の知人に聞いたことがある。松阪牛、伊賀牛の産地を抱える三重県で育った著者にとっても肉といえば牛だった。だが、米国留学中に豚を「再発見」したことが、時に愛される豚という存在への興味につながっていく。
人と豚の関わりを訪ねるルポは、まず、豚を「けがれ」とみるイスラム圏へ。だが、宗教的禁忌の論理を探っていたはずの地で、チュニジア「ジャスミン革命」についての先進国的な思いこみが揺さぶられる。イスラエルでは、共同農業コミュニティ・キブツの食の変遷を通じて、生身のユダヤ人の考え方やイスラエル政治の断面が描かれる。「豚をめぐる冒険」は、やがて、東欧を経てチェルノブイリに達し、シベリアへと至る。
データや証言を重ねて特定の結論に導くタイプのノンフィクションではない。だが、市井の無名の人生を集め、豚を追う軌跡という補助線を引くことで浮かび上がるのは、紛れもなく今の世界のありようだ。読後、豚料理が食べたいような、いざ皿を前にするとためらってしまいそうな、不思議な気分が残る。
−−「今週の本棚:愛と憎しみの豚=中村安希・著」、『毎日新聞』2013年03月10日(日)付。
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