覚え書:「くらしの明日 私の社会保障論 誰にも介護虐待のリスク=湯浅誠」、『毎日新聞』2013年03月22日(金)付。



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くらしの明日 私の社会保障
誰にも介護虐待のリスク
湯浅誠 反貧困ネットワーク事務局長

 親が要介護になる。介護ヘルパーを頼んでも、必要な介護のすべてがカバーできるわけではない。家族・親族でカバーするしかないが、昔の大家族ならともかく、今の核家族では、配偶者か子が対応することになる。
 要介護度が高ければ施設を選ぶ人もいるだろうが、お金がなければそれもできない。長時間の介護は仕事との両立を難しくし、介護のために仕事を辞めざるを得なくなる。老親の介護が重くのしかかり、収入の道も断たれれば、精神的にも追い詰められる。介護の負担をめぐって、他の家族や親族とトラブルになることもあるだろう。それが孤立を招き、閉じられた家族内での長時間介護が、介護うつ、介護虐待、介護殺人に「発展」してしまうこともある。


 11年度に21件に達した致死事案までいけば、それは「事件」として報道される。「子が親を殺した」「夫が妻を殺した」と聞けば、私たちは「一体どうなってしまったんだ」と暗然たる気分になる。
 しかし、その手前には1万6599件の家族・親族等による介護虐待があり、その背景には介護者の4人に1人と言われる介護うつの問題があり、年間14万4800人という介護離職の問題がある。
 さらにさかのぼれば、450万人を超える要介護認定者がいて、その主な介護者は7割が家族・親族であり、主な介護者が施設などの事業者という人は12%しかいない現実がある。
 さらにその背景には、介護サービスの充実に必要な、施設整備や介護ヘルパーの人件費を規定する介護報酬の引き上げが難しい事情がある。介護報酬を1%上げるには500億円が必要だが、個人も企業も、保険料や税金は一円でも安くしたいと考え、そのように行動するからだ。


 虐待、殺人と聞くと、私たちはつい「世の中には自分たちとは別の種類の悪い人間がいるのだ」と思い込みがちだ。そう考えることで、事件を自分と切り離したいと思っている。
 しかし、さかのぼっていけば、物事の歯車が狂い始めるきっかけは、私たちの見近にある、ありふれたものだ。私たちの生活もまた、そのリスクと隣り合わせにある。
 私たちが彼らと自分との間を切り離して忘れたがっているのは、実は自分の生活と隣り合わせのリスクであり、自分の中にある不安だ。だが、そうやって彼らと自分とを切り離してみたからといって、リスクが消えてなくなるわけではない。私たちはそれを忘れてはいけない。
 先日も、71歳の夫が要介護の妻を手にかける介護殺人があった。近所の人の話では、仲の良い夫婦だったそうだ。

ことば 高齢者虐待 厚生労働省の調査によると、11年度の家族や親族による高齢者虐待は1万6599件で、06年度から4030件増えた。虐待の内容は身体虐待(64・5%)が最多。世帯別でみると、未婚の子と同居(38・2%)が最も多く、4割が息子による虐待だった。少子化や晩婚・非婚化が進むなか、17年にはいよいよ団塊世代が70歳を迎える。
    −−「くらしの明日 私の社会保障論 誰にも介護虐待のリスク=湯浅誠」、『毎日新聞』2013年03月22日(金)付。

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