華族制度は廃止されていたが、英語の世界では生きていた。

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 こどものころに読んだ佐々木邦の『奇人群像』という小説に、閣下と呼ばれる人の書をあつめて、それを納める蔵をたて、「閣下閣」と名づける計画をたてる人の話がでていた。
 その後、しばらくたって戦中に、おたがいに閣下になったということにして、
 「□□閣下は、いかがですか」
 「ああ、元気です。ところで□□閣下は何をめしあがりますか」
 などと会話する仲間に出会った。
 閣下というのは、軍人で言えば少将以上。役人で言うと、勅任官以上ということになっていた。
 敗戦があって、閣下というものは、なくなった。そう思っていた。しかし、ある時、ラジオで国際会議の模様をきいていると、日本の外に出ると、やはり「閣下」と呼ばれる人はいた。
 占領されていたころ、東京の喫茶店にすわっていると、何人からの米軍将校が入ってきて近くのテーブルで話している。はなしの中に「□□子爵夫人」とか「□□男爵夫人」とかが出てきた。彼らのつきあっている人たちらしい。華族制度は廃止されていたが、英語の世界では生きていた。
 それとにたようなことを、テレビで観た。米国制作のテレビ・ドラマに日本の海上自衛隊が出てくる。そこではっきり、「日本の海軍」という言葉が出てきた。このころまでに日本には軍隊はないということになっていて、政府は、国民むけにとにかくこの解釈をとおしていたし、軍隊でない証拠に、「陸軍」とか「海軍」とかいう言葉をさけていた。しかし、英語で言うことになると、はっきり戦前と同じく「ジャパニーズ・ネイヴィ」、「ジャパニーズ・アーミー」という言葉を使っていた。そして何年かの間に、中身のほうも、じりじりと、英語のネーミングに沿うように近づけていった。今では、「自衛隊」が軍隊であることを疑うものは、日本人の間にもほとんどいないが、その初期から、英語のほうのネーミングは実態をまっすぐにさしていた。
    −−鶴見俊輔「まざりもの」、『思想の落し穴』岩波書店、2011年、299−300頁。

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偉い人間、賢い人間ほど、いかがわしい「いいまわし」で「丸め込んでしまう」その好事例を、鶴見俊輔さんがズバッと指摘しております。

ただ、こんち、その丸め込みにとらわれていることに無自覚であるにもかかわらず……ということは最終的にはその無自覚である当人すらをも毀損してしまう結果になるわけなのですが……そうしたことがらを推進していこうという手合いが多いなあと痛感します。

もちろん、これは「軍隊」だけに限定される話ではない訳ですけどね。









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