覚え書:「書評:漁業と震災 濱田武士著」、『東京新聞』2013年05月12日(日)付。




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【書評】

漁業と震災 濱田武士 著 

2013年5月12日

[評者]川島秀一=東北大教授・海洋民俗学
◆抉り出された危機、問題点
 本書の書名が『漁業と震災』であり、『震災と漁業』ではないことの意味は大きい。後者ならば、単なる震災時とその後における漁業の問題を論じ尽くすだけで終えるであろう。しかし、本書で前提にしている漁業とは、「本来、日本の漁業、とくに沿岸漁業は自然のなかに溶け込んで営まれてきた歴史的産業」のことである。
 つまり「先人が自然との対話の中で生みだした漁労文化と魚食文化」という、列島の基層に永続的な流れを形成してきた漁業であり、それが東日本大震災を迎えてしまったという現実とその後の対応の姿を、本書は描いている。それは過去において何度も津波という自然災害を一時的な出来事として乗り越えてきた三陸の漁業の歩みを象徴している。しかし、今回の東日本大震災は一つの出来事とするにはあまりに大きかった。
 震災前から背負っていた、この列島の漁業の危機と問題点を、震災は見事なまでに抉(えぐ)り出した。たとえば、その歴史や役割を認識せずに、単に漁業権を独占していると批判されてきた漁業協同組合に対して、宮城県では震災後に「水産復興特区」という、企業参画の机上理論を対抗させてきた。復興方針とその関連予算が岩手・宮城・福島県で質を異にしていることにも通じた問題である。今回の津波の犠牲者で漁業者の割合が高かったのは、むしろ福島県であった。特に常磐地方は福島第一原発の事故により、海洋汚染も漁業に重大な被害を与えた。これに輪をかけた風評やメディアによる災害も、本書は論じている。また、これらのメディア災害や水産特区のような惨事便乗型の改革論を「第二の人災」と捉えているのも、本書の特色である。
 漁業の暮らしや仕事は、経済的側面だけでは成り立たず、「文化」や「環境」と本来は切り離せない関係にあること。それを、漁業経済学者の側から、ぎりぎりの一線上で訴えている。
 はまだ・たけし 1969年生まれ。東京海洋大准教授。著書『伝統的和船の経済』。
みすず書房・3150円)
◆もう1冊
 森本孝著『舟と港のある風景』(農文協)。全国の漁村を歩き、伝統漁法、漁船漁具をはじめ、海辺の人々の暮らしと文化を記述。
    −−「書評:漁業と震災 濱田武士著」、『東京新聞』2013年05月12日(日)付。

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