覚え書:「特集ワイド:いかがなものか 橋下氏『慰安婦必要だった』に直言」、『毎日新聞』2013年05月16日(木)付、夕刊。


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特集ワイド:いかがなものか 橋下氏「慰安婦必要だった」に直言
毎日新聞 2013年05月16日 東京夕刊

 日本維新の会橋下徹共同代表(大阪市長)が従軍慰安婦制度を「必要だった」と述べ、さらに在日米軍に風俗業の活用を提案したことに対し、疑問や憤りの声が収まらない。果たして歴史認識の表明、政治家の「持論」として済ませられることなのか。その深刻さを3人に語ってもらった。

 ◇オウンゴールの愚−−参院議員・亀井亜紀子さん

 橋下氏の政治家としての資質を疑います。橋下氏の真意がたとえ「戦争下では世界各国の軍が慰安婦制度を利用したのに日本だけが今も批判を受けるのはおかしい」と主張することにあったとしても、「慰安婦制度は必要だった」と言ってしまったら最後、従軍慰安婦問題の焦点が「必要だったかどうか」などの是非論に移ってしまいます。慰安婦制度が人道上許されないのは世界の常識。自らの非常識を露呈した形です。

 従軍慰安婦の問題は1965年の日韓基本条約締結時に解決している、というのが日本政府の立場です。それをわざわざ「必要かどうか」の議論にしてしまうことによって、橋下氏は日本の従軍慰安婦問題をことさらに批判しようとする人たちの土俵に自分から乗ってしまったのです。

 諸外国に「日本=従軍慰安婦問題」という印象を強く与えてしまった。国益を大きく損ね、外交上の“オウンゴール”に他なりません。

 橋下氏は国会議員ではなく、外交に携わる立場にはありません。かといって私人でもない。公人として発言は当然注目される。その自覚が本当にあるのでしょうか。米軍に対し「風俗業を活用してほしい」なんて、公的な場所で発言する感覚が恥ずかしい。彼一人の発言で日本の政治家の品格が疑われかねません。

 今回の発言で、猪瀬直樹東京都知事イスラム諸国に関する不用意な発言を思い出しました。昨年、石原慎太郎東京都知事の講演に端を発し、それに乗せられる形で当時の民主党政権尖閣諸島を国有化し、日中関係を悪化させたことも……。

 最近、地方自治体の首長の不用意な発言が日本の外交にダメージを与えるケースが続き過ぎ。「発言には気をつけてください!」と強く言いたい。【聞き手・小国綾子】

 ◇差別、階層社会を肯定−−フリーライター・井上理津子さん

 一連の橋下氏の発言は、社会的弱者への差別や階層社会を肯定していると受け取らざるを得ません。「慰安婦になってしまった方への心情を理解して優しく配慮すべきだ」とも言いましたが「支配階層」からの、極めて上から目線の言葉ですね。

 「日本の現状からすれば貧困のため(風俗店で)働かざるをえない女性はほぼ皆無、自由意思」というツイッターでの発言には大きな疑問を感じます。私は大阪の遊郭飛田新地で働く女性約20人に話を聞きましたが、「自由意思」で入った女性など一人もいなかった。貧困だったり、まっとうな教育を受けられなかったりして、他に選択肢がないため、入らざるを得なかった女性が大半でした。経済発展を遂げたとされる現在でさえそうなのに、戦前においては言うまでもないでしょう。

 橋下氏は「慰安婦を暴行や脅迫で拉致した事実は裏付けられていない」とも発言しましたが、あまりにも限定的な考え方です。慰安婦になる以外に選択肢がなかった女性にとっては強制以外の何物でもないんです。「軍の維持のために必要だった」という発言に至っては、戦争を容認している証し。正体見たりです。

 苦しい事情を背負った女性の境遇、慰安婦に送り出さざるを得なかった家族の思い、社会的背景に心を致しているとは思えない。政治家の役割を果たしていると言えない。

 橋下氏は自らの考えを実行に移す際、メディアに向かって目立つ発言をすることで注目を集め、求心力を高めてきました。でも今回は何を狙った発言なのか、全く理解できません。大阪には「橋下さんの言動は好きじゃないけど、元気のない大阪を盛り上げようと頑張ってるから大目に見ようか」という消極的支持者が多い。今回の発言をきっかけに、そういう人たちも離れていくかもしれません。【聞き手・江畑佳明】

 ◇男もバカにしている−−大阪府立大教授(哲学)森岡正博さん

 最初に思ったのは慰安婦と風俗業の話は分けて考えるべきなのに、二つをつなげて語っているところに問題があるということです。

 橋下氏は慰安婦制度について「今は認められないが、当時は必要だった」という言い方をしている。しかし自身がツイッターに書き込んでいるように、当時の慰安婦の女性たちは想像を絶するような過酷な状況に置かれていた。国家による強制があろうがなかろうが、慰安婦は当時においても黙認すべきではなかった。それなのに「必要」と認識することは間違っています。

 次に風俗業の話ですが、軍人のために活用するかどうかを言う前に、この業態について少なくとも三つのことを議論する必要がある。まずは倫理的な問題。二つ目は風俗業で働いている女性の労働環境。ピンハネはないのか、誰かに脅されていないか。三つ目は風俗業で働いている女性に対して社会が大きな偏見を持っているという問題です。

 だが橋下氏はそうした問題をすっ飛ばし、いきなり「活用を」と米軍司令官に訴えた。その言葉からは、我々の社会が目指す「すべての人には尊厳がある」ということとは逆の、言葉では言っていないけれど「風俗業で働く女性は兵隊の性の道具になってもいい」という、見下したメッセージが感じられます。

 語る次元が違う二つの問題をつなげることで、問題の本質を見えにくくしている。

 ツイッターに「男に、性的な欲求を解消する策が必要なことは厳然たる事実」と書き込んでいたが、女性観というより男性観が貧困。米軍の男性兵士でも結婚し子供がいて風俗の利用を拒否する人もいるだろうし、過酷な訓練をしても性欲が増さない草食系もいるかもしれない。橋下氏の発言はもちろん女性への蔑視であるが、男もバカにしていると感じます。【聞き手・大槻英二】

 ◇従軍慰安婦などを巡る橋下氏の発言

「銃弾が飛び交う中で命をかけて走っていく時に、精神的に高ぶっている猛者集団に休息をさせてあげようと思ったら、慰安婦制度が必要なのは誰でも分かる」

「意に反してそういう職業に就いたということであれば配慮しなければいけないが、なぜ日本だけが取り上げられるのか。慰安婦制度は世界各国の軍が活用した」(13日午前、記者団に)

普天間飛行場に行った時、『もっと風俗業を活用してほしい』と言ったら、米海兵隊司令官は『米軍では禁止している』と。そういうものを真正面から活用してもらわないと、海兵隊の猛者の性的なエネルギーはコントロールできない」(13日午後、記者団に)

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 ◇かめい・あきこ

 1965年東京都生まれ。2007年参院初当選(島根選挙区、1期)。国民新党政調会長を経てみどりの風幹事長。

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 ◇いのうえ・りつこ

 1955年奈良県生まれ。長年大阪を拠点に活動した。著書に「さいごの色街 飛田」「大阪下町酒場列伝」など。

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 ◇もりおか・まさひろ

 1958年高知県生まれ。生と死を総合的に探求する「生命学」を提唱。著書に「無痛文明論」「草食系男子の恋愛学」など。
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