覚え書:「今週の本棚:荒川洋治・評 『高等地図帳 2013−2014』=二宮書店編集部・編」、『毎日新聞』2013年06月23日(日)付。




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今週の本棚:荒川洋治・評 『高等地図帳 2013−2014』=二宮書店編集部・編
毎日新聞 2013年06月23日 東京朝刊

 (二宮書店・1600円)

 ◇地理「表現」の興味と工夫を知る

 日本・世界地図の最新版。一六〇〇円前後のスタンダードなものは、各社から出ているが、まずは配色から見ていこう。そこに個性が出るからだ。

 南アジアの関連地図、「カシミール地方」は三カ国の係争地。管理ラインからパンジャーブ州に向けての高地が、独特のグリーンで表現される。「スイス」一国単位の地図(正距円錐(えんすい)図法)は、アルプスの氷河が目に迫る印象。「アンデス山脈中央部」「ラパス(高地都市)」の色分けもいい。地勢図では、山は茶系、平地は緑系だが、すべてが山のようなところでは氷雪地帯を紫にするなど工夫。こちらは色彩を楽しむことができる。自然を表現しながら、自然に反する色をつかう。それも地図の感興だ。巻頭の「世界の国々」では、各国を隣り合う国から区別するため、中国、リビア、イラン、ナミビアなどが青い色になり、色の「同志」に。

 今回まず最初に見たのは、アフリカの新・独立国、南スーダン共和国の位置だ。首都は、ジュバ。独立前の同社の地図帳ではジューバとある。地名も表舞台に出ると微かに動く。

 日本地図はどうか。「中国・四国」全域図で、四国南端の足摺岬、土佐清水周辺が入りきれない状態になり、その部分は別枠に。『最新世界地図8訂版』(東京書籍・三月刊)には「中国・四国・近畿」全域図があるが、そこでは三重県志摩半島の一部が、別枠に。このような場合に、全体を一望するのはむずかしいことがわかる。「表現」の課題である。

 『高等地図帳』を眺めていると名作の舞台が浮かぶ。広い地域に展開する作品では、森鴎外山椒大夫」(岩代→春日→今津→直江の浦<現・直江津>→由良<宮津>→中山→京都・東山→佐渡・雑太(さわた)<現・佐和田>)、芥川龍之介芋粥(いもがゆ)」(京都・粟田口→山科→阪本<現・坂本>→高島→敦賀)、国木田独歩忘れえぬ人々」の阿蘇・宮地、愛媛・三津ケ浜、丹羽文雄蓮如」の行路など。さきほどの四国の「別枠」のなかだけでも、大原富枝「婉(えん)という女」の宿毛(すくも)、田宮虎彦足摺岬」が含まれる、というゆたかさ。これらの地名のほとんどは、地図上で確認可能。古代、中世の地名の多くが残る日本のよさだ。列島各地で生まれた名作の地名を地図でたしかめると、理解も深まる。漫然とした読書では、名作は実感できない。文学や歴史を語るとき地図は大きな力となる。

 巻末の都道府県一覧(面積・人口)の下欄の注に、「青森・秋田の十和田湖」は「両県の面積には含まれていない」。北海道の面積には「北方領土」を含み、島根県の面積には「竹島」を含む、とある。「全国の面積」には「境界不明分の面積を含む」。ここまでこまかくふれたものは類書では他にない。いっぽう、こんなことも。

 日本の市の一覧(市名と人口)があるけれど、日本には全部でいくつ市があるか、総数が記されていない(他社の地図帳もほぼ同様)。とても不便である。ひとつひとつ数えなくてはならないからだ。記さないのが通例らしいが、理解に苦しむ。また、この種の地図帳に望みたいのは「白地図」だ。都道府県の境界だけを書き入れたシンプルな地図がひとつあれば、学習にも有効。他にも感想や意見をもつ人は多いと思う。

 地図帳をつくる人たちは、実際につかう人の意見を聞く機会が、あまりないのではなかろうか。読者のほうも地図帳は特別なもの、聖域にあるもので、読書や批評の対象ではないと思ってきたようだ。そんな歴史も、地理から見えてくる。
    −−「今週の本棚:荒川洋治・評 『高等地図帳 2013−2014』=二宮書店編集部・編」、『毎日新聞』2013年06月23日(日)付。

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http://mainichi.jp/feature/news/20130623ddm015070007000c.html


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