覚え書:「書評:字幕屋のニホンゴ渡世奮闘記 太田直子 著」、『東京新聞』2013年6月30日(日)付。
-
-
-
- -
-
-
【書評】
字幕屋のニホンゴ渡世奮闘記 太田直子 著
2013年6月30日
写真
◆台詞と人生を磨く
[評者]中条省平=フランス文学者
じつに面白い本だ。技術論として、言語論として、人生論として。
技術論というのは、本書は映画の字幕がどのように作られるかを、丁寧かつ分かりやすく記した日本で唯一の本だからだ。観客が字幕で読めるのは一秒で四文字。俳優がどんなに猛スピードで喋(しゃべ)っても、この字数に縮めなければならない。そんなアクロバットのような作業の逐一をユーモアたっぷりに教えてくれる。
というわけで、字幕作りでは語学力より、日本語のセンスが問題になる(本書の文体も弾むようで、読みやすい)。例えば「他人の人生を何だと思ってるんだ!」という台詞(せりふ)の訳がある。これが一秒で言われていたら? 「人の人生を!」でぎりぎり五文字。その言葉のセンスはつねに本、マンガ、新聞、広告…あらゆる種類の言葉を楽しみ、貪欲に、批判的に吸収することでしか保てない。本書が鋭い現代日本語論になるゆえんである。
だが、そもそも字幕屋になる道はあるのか? そんな読者の疑問に答えるべく著者自身の波瀾万丈(はらんばんじょう)(つまり、行き当たりばったり)の人生を語るエピローグが最高に楽しい。卓球選手になれず、ロシア文学研究に挫折し、それでも呑気に過ごした映画業界周辺での日々。だが、著者には仕事への愛と喜びと誇りがあった。そして、いつのまにか自分の道を歩きだす。感動的な自己形成の物語である。
おおた・なおこ 1959年生まれ。映画字幕翻訳者。
(岩波書店・1785円)
◆もう1冊
戸田奈津子著『字幕の花園』(集英社文庫)。字幕翻訳について雑誌「ロードショー」に連載した人気コラムを収録。
−−「書評:字幕屋のニホンゴ渡世奮闘記 太田直子 著」、『東京新聞』2013年6月30日(日)付。
-
-
-
- -
-
-
http://www.tokyo-np.co.jp/article/book/shohyo/list/CK2013063002000166.html