覚え書:「書評:反・自由貿易論 中野剛志 著」、『東京新聞』2013年07月28日(日)付。



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反・自由貿易論 中野剛志 著

2013年7月28日


◆国、文化の多様性が犠牲に
[評者]祖田修=農業経済学者
 本書は「米豪FTA(自由貿易協定)は、オーストラリアを殺した」という衝撃的な言葉で始まる。オーストラリアの期待に反し、FTAのメリットはなかった。米韓FTA、またしかりである。オーストラリアは、同盟国アメリカを信じ、世界の潮流に乗り遅れると思い込み、不満団体は補償措置の約束で懐柔し、甘い経済効果試算で、「今やその時」と考えたという。
 著者は、これほど自由貿易論者が台頭したのは、一九三〇年代の世界恐慌保護主義が悪化させたとする、間違った「通説」が信じられ、それが高じて自由貿易こそが世界を豊かにするという信念を生み出したとする。そして競争と発展のためには、関税だけでなく各国独自の政策や取引慣行、文化や言語まで国際市場に従属すべきものとする「ハイパー・グローバリゼーション」の思想が登場してきたという。しかもそうした国家を超える力をリードしうるのはいわば政治的経済的強国であり、有無を言わさず「世界標準」の決定力をもつ危険性が高いのである。
 このような状況を、著者は冷静に分析し、今問題のTPP(環太平洋連携協定)の本質へと迫っている。同様の見解がないわけではない。米国を代表する経済学者で大統領経済諮問委員会の委員長だったスティグリッツなどは、グローバル化の行き過ぎを「世界の99%を不幸にする経済」と称し、雇用問題や賃金低下を生み出し、相手国の自主性と民主主義を制限するものとしてTPPを批判している。フランスの人類学者トッドは、市場経済・貿易自由化の行き過ぎは文化の多様性を阻害するものとして、強い懸念を表明している。
 著者はこれらの見解を集約し、世界の各国や地域の発展段階の差異、文化の多様性を顧慮しない自由貿易の限界を示している。そして日本側にTPPへの危機感が薄いこと、同盟国としておもねる姿勢のあることを憂慮している。本書はTPPに関し、最も信頼しうる著作の一つである。
 なかの・たけし 1971年生まれ。評論家。著書『TPP亡国論』など。
新潮新書・735円)
◆もう1冊
 エマニュエル・トッド著『自由貿易は、民主主義を滅ぼす』(藤原書店)。自由貿易推進の是非を問うトッドの発言集。石崎晴己編。
    −−「書評:反・自由貿易論 中野剛志 著」、『東京新聞』2013年07月28日(日)付。

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