覚え書:「今週の本棚・本と人:『「新しい野の学問」の時代へ』 著者・菅豊さん」、『毎日新聞』2013年08月18日(日)付。

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今週の本棚・本と人:『「新しい野の学問」の時代へ』 著者・菅豊さん

毎日新聞 2013年08月18日 東京朝刊

 (岩波書店・3360円)
 ◇被災地と研究者の関係を問う−−菅豊(すが・ゆたか)さん

 2004年の新潟県中越地震の被災地、小千谷市東山地区で、牛の角突きとかかわってきた経験をもとに「新しい野(の)の学問」のあり方を問いかける書だ。

 「野の学問」とは、元は20世紀前半に始まった日本の民俗学を表す語だった。民俗学者であり東大教授の自身を含めたアカデミズム、民俗学を厳しく批判する。「現代の地域社会での知識生産、すなわち『新しい野の学問』の可能性と課題を考えたいと思いました」

 冒頭で、東日本大震災の被災地出身の歴史社会学者が、「調査」と称してやってくる研究者に対し、地元が抱く不信感や怒りを率直にぶつけた文章が引かれる。本書の執筆動機も東日本大震災にある。「現場が違っても、専門家が引き起こす問題の構造は同じ。研究者だけでなく被災地の社会実践にかかわる行政や団体が自らのあり方を問い直してほしい」と語る。外部の者が当事者とどうかかわるか、という重い問いかけだ。

 中越地震で被害を受けた闘牛会の面々と自身との関係性の変化を地震の前からたどった。被災後最初の現地入りから、「よそ者の研究者」だった著者が「勢子(せこ)」として闘牛会の一員となり、2007年からは「牛持ち」(牛の所有者)として毎月、小千谷に通うようになる。立ち位置が変わる度に、文化の所有や当事者性という観点から内省を繰り返すさまが、細かく描写される。

 印象的なのは、大規模な共同牛舎の計画をめぐるやりとり。復興支援団体の提案で「地域存続のためには角突きの醍醐味(だいごみ)を損なう共同牛舎建設もやむなし」との方針が浮上する。だが、著者の宴席での発言をきっかけに再検討が始まり、計画は見直される。「行政やコンサルタントの支援に、地元は頼るしかない場面もある。日常の場で何気なく、その問題点を伝えられる関係性が重要」と強調する。

 小千谷での実践は「新しい野の学問」を進化させるための示唆に富む。「一定程度、地域の当事者性を持ちながら、生活の中に専門知を生かしていく。そんな協働(きょうどう)的なあり方を考えていきたい」<文・手塚さや香/写真・木葉健二>
    −−「今週の本棚・本と人:『「新しい野の学問」の時代へ』 著者・菅豊さん」、『毎日新聞』2013年08月18日(日)付。

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http://mainichi.jp/feature/news/20130818ddm015070019000c.html




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