覚え書:「今週の本棚:小島ゆかり・評 『スバらしきバス』=平田俊子・著」、『毎日新聞』2013年08月25日(日)付。
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今週の本棚:小島ゆかり・評 『スバらしきバス』=平田俊子・著
毎日新聞 2013年08月25日 東京朝刊
(幻戯書房・2310円)
◇不思議な時空を追体験する乗り物エッセイ
鉄道をこよなく愛する人々がいるように、バスをこよなく愛する人もいるのである。その情熱の方向は、バスの形態・容貌であったり、バスにまつわる歴史や知識であったり、また、バスに乗ることそのものであったり、いろいろ分かれるのだろう。
本書の著者はまちがいなく三番目のタイプ。つまり、バスに乗るということが大好きな人なのだ。そこで全篇書き下ろしのバスに乗るエッセイ集。わたしも日々バスに乗る生活であるが、乗車時間をこれほど楽しみ、乗客をこれほど観察し、かつこれほどに奇想天外な想像をめぐらせている人がいたとは、驚く。
いやその前に、よくもこんなにさまざまなバスに乗るものだと感心する。都バス、関東バス、京王バス、東急バス、西武バス、小田急バス、国際興業バス、あかいくつ、めぐりん、はとバス・ピアニシモ2、千葉交通高速バス、西鉄バスなどなど。横浜市営交通観光周遊バス「あかいくつ」はなんとなく察しがつくが、「めぐりん」って何? めぐりんとは、東京台東区内を走る小型循環バスであるらしい。しかも南めぐりん、北めぐりん、東西めぐりんの三コースがあるという。バスの世界もなかなか興味深い。
これら各種のバスに、暮らしや仕事や観光と関係ないときにも、ふいに思いついて、あるいは魔がさしたようにふらふらと乗ってしまう。詩人で小説家で劇作家でもある著者は、魔がさしやすく、こらえ性がないのかもしれない。
そんなすてきな人だからこそ、ただバスに乗るだけで不思議な時空を体験できる。言葉を飾らないユーモラスな文章にのせられて、いつのまにか著者になってバスに乗っている。知っているようで知らない風景を眺め、行きずりの人々や記憶のなかの人々との小さなドラマに遭遇し、そして未知の町に出会う。
たとえばある日は、中野区の鍋屋横丁から王子駅までバスに乗る。用事は何もないのに、「王子」に惹(ひ)かれて乗ってしまう。「姥ケ橋(うばがばし)」などあやしい名の停留所も含めて四十ものバス停を一つ一つ過ぎる。中野区から杉並区、練馬区、板橋区を通過して北区まで。JRと西武新宿線をくぐり、西武池袋線を越え、東武東上線をくぐり、さらにJRの線路を二つ越える。視界を横切る看板や街路樹や飲食店や、進行するバスの時空間をリアルに体験しつつ乗ること約一時間。いよいよ王子駅前のバスターミナルに到着した。すると、狐のお面をかぶった人形や、「狐の行列」と書かれた黄色い提灯を眼(め)にする。大(おお)晦日(みそか)に狐の行列(狐に扮(ふん)して夜道を歩く)があるという。
でもなぜそんな行列をするのだろう。不思議に思いながら駅員さんを見ると、耳がとがり、目が吊(つ)り上がって狐のような顔をしている。驚いてあとずさりした拍子に誰かにぶつかった。すみませんと謝りながらその人を見ると、耳がとがり、目が吊り上がってやっぱり狐だ。おたおたしながらまわりを見るとあっちもこっちも狐だらけで、ふさふさした尻尾(しっぽ)をゆらして歩いている。この狐たちが全員王子様なのか。思わず悲鳴を上げそうになったが我慢した。狐の鳴き声みたいなものが自分の口から出るのが怖かったのだ。(「王子様に会いに」)
これを読んだら、王子稲荷(いなり)の狐もしめしめとほくそ笑むにちがいない。
−−「今週の本棚:小島ゆかり・評 『スバらしきバス』=平田俊子・著」、『毎日新聞』2013年08月25日(日)付。
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http://mainichi.jp/feature/news/20130825ddm015070038000c.html