覚え書:「今週の本棚・本と人:『安部公房とわたし』 著者・山口果林さん」、『毎日新聞』2013年09月01日(日)付。



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今週の本棚・本と人:『安部公房とわたし』 著者・山口果林さん
毎日新聞 2013年09月01日 東京朝刊

 (講談社・1575円)

 ◇自分史で照らす作家の素顔−−著者・山口果林(やまぐち・かりん)さん

 20年前に68歳で死去した安部公房三島由紀夫大江健三郎さんとともに戦後の日本文学を代表する存在で、国際的にも高く評価される。その素顔を安部と20年以上にわたって交際した女優がつづっている。

 驚くほどに冷静な筆致だ。感情を排して、短いセンテンスで客観的に綴(つづ)っていく。桐朋学園大演劇科在学中に教員だった安部と出会ったこと。主演したNHKドラマ「繭子ひとり」のロケ前に妊娠がわかったこと。87年に安部ががんを患っていることが判明し、闘病を続けたこと。安部研究にとっても、一級の資料だ。

 「私が知り得ている事実を書こうと思いました。私の存在は安部さんの年譜などから消され、透明人間になっている。何とか、自分が生きてきた証しを残したかったのです」

 「20年来、被爆者たちの手記を朗読する舞台を続けています。体験のつらさや差別を乗り越えて、時間がたってから証言される方もいます。2年前の東日本大震災もきっかけでした。被災した方々が自分の生きてきたよりどころとして、アルバムを探しておられる。安部公房さんとのことを書き残すのが自分にできることでした」

 自身についても赤裸々に告白している。幼い時に受けた性的ないたずら。演劇にかける夢。学生時代の失恋。自分史がたどられることで、23歳年上で妻子のある安部との関係が深まっていった必然性のようなものが、浮き彫りにされていくのだ。

 「これなら、世間も自分を許してくれると思ったのです。記憶に加えて手帳やメモ、毎年の確定申告まで参照しました」

 興味深い安部のエピソードがいっぱいだ。文学賞の選考では司馬遼太郎と馬が合ったとか、邦楽をとても嫌ったとか。ゆっくりとした動作で、群れをつくらず単独行動を好んだ安部を動物のナマケモノにたとえている。

 「茶目(ちゃめ)っ気があってチャーミングな人でした。前衛的な大作家というイメージが強いと思いますが、この本で身近に感じてもらえるのではないでしょうか」<文・重里徹也/写真・内藤絵美>
    −−「今週の本棚・本と人:『安部公房とわたし』 著者・山口果林さん」、『毎日新聞』2013年09月01日(日)付。

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