覚え書:「【自著を語る】『「大東亜戦争」期 出版異聞』 小谷汪之さん(東京都立大名誉教授)」、『東京新聞』2013年09月10日(火)付。



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【自著を語る】

『「大東亜戦争」期 出版異聞』 小谷汪之さん(東京都立大名誉教授)

2013年9月10日

◆右傾化日本に迫るあの闇
 憲法改定、集団的自衛権尖閣竹島と、きなくさい臭いが立ち込めてきた。それだけに、改めて戦前、特にいわゆる「大東亜戦争」の時代のことが思い起こされる。
 「大東亜戦争」期には、インドの経済や政治にかんする著書や翻訳書がたくさん出された。それは、英米との対立を深めていた日本が資源を求めて東南アジアからインドへと関心を広げていたからで、そこには反英インド民族運動への期待もからんでいた。インド史研究を「本業」とする者として、そんな戦前のインド関係の本を調べていて、一冊のちょっと奇妙な本と出会った。それはP・A・ワディア、G・N・ジョシ共著、小生第四郎(こいけだいしろう)訳『印度資源論』(一九四二年)という本で、おかしなことに、この翻訳書には原著のタイトル、出版地・出版社、出版年が記されていないうえ、訳者とされている小生第四郎という名前もそれまで見たことがなかった。
 それで、小生第四郎とは何者かと調べていくうちに、思ってもみなかった世界が眼前に開けてきた。それは堺利彦や弁護士・布施辰治の周りに群がる、学歴らしい学歴もない、文字通り「雑草」のような知識人たちの世界で、彼らのしたたかな生き方に強く関心をそそられた。『印度資源論』の版元、聖紀書房・社主、藤岡淳吉もその一人で、彼の図太(ずぶと)い生きかたを追ううちに、これら「雑草」的知識人たちが生きた戦前の出版の世界へと関心が広がっていった。
 こうしていくつにも分岐していく関心を抱え込みながら『印度資源論』の謎を追っていく過程で、小生第四郎が『印度資源論』の訳者とされていることに疑念をもち、本当の訳者は一体誰なのかという問題に接近していくことになった。それは、著書や翻訳書を自分の名前で出したくても、それができない人たちがたくさんいた「大東亜戦争」期の苛烈な思想・言論弾圧の闇の中に、『印度資源論』の真の訳者を探る作業であったが、その時、常に念頭を去らなかったのは今日の日本の極端に右傾化した政治状況だった。(岩波書店・二七三〇円)
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 こたに・ひろゆき 1942年埼玉県生まれ。東京大文学部東洋史学科卒。千葉大文学部助教授などを経て、東京都立大(現・首都大学東京人文学部教授。2005年退職。『マルクスとアジア』『インドの中世社会』ほか。
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