覚え書:「今週の本棚:白石隆・評 『国家はなぜ衰退するのか 上・下』=D・アセモグルほか著」、『毎日新聞』2013年09月15日(日)付。

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今週の本棚:白石隆・評 『国家はなぜ衰退するのか 上・下』=D・アセモグルほか著
毎日新聞 2013年09月15日 東京朝刊

 (早川書房・各2520円)

 ◇国家形成と経済発展の因果関係に迫る

 本書の原題は「国はなぜ失敗するのか」。日本、米国、英国、ドイツなどでは、最も貧しい人たちでも教育、医療、公共サービスが受けられ、経済的・社会的機会も、サハラ以南のアフリカ、南アジア、中央アジアなどに住む圧倒的多数の人たちよりはるかに恵まれている。また、アフリカにあるといっても、シエラレオネでは国が破綻しているのに、ボツワナでは政治的安定と経済成長が実現されている。では、なぜ、世界には豊かな国と破綻した貧しい国があるのか。

 産業革命が英国でおこったのはなぜか。西欧で近代化がはじまったのはなぜか。なぜ、日本は19世紀に近代化の途(みち)を歩みはじめ、中国はそうならなかったのか。こういう問いについてはすでに多くの研究がある。本書の強みは、そういう研究も踏まえた上で、なぜ豊かになる国と貧しい国があるのか、理論的に説明し、特に「国はなぜ失敗するのか」について、見事な理論的洞察を提供していることにある。

 では、なぜ豊かな国と貧しい国があるのか。本書はこれを二つのステップで説明する。まず、政治・経済制度を「収奪的」か「包括的」かで区別し、世界の国々の歴史的軌跡を制度の観点から解釈する。次に、世界のある地域で包括的制度が生まれ、ほかの地域では生まれていないのはなぜか、を説明する。

 包括的な政治・経済制度と繁栄はつながっている。包括的経済制度の下では、所有権が保証され、平等な機会が与えられ、新しい技術への投資のインセンティブがある。収奪的制度の下では、所有権は保証されず、少数のエリートが多くの人たちの資源を搾り取る。投資のインセンティブはない。そのため、包括的経済制度は、収奪的経済制度より、経済成長につながりやすい。

 包括的経済制度は包括的政治制度を支え、またそれによって支えられる。包括的政治制度においては、近代的な国家機構が形成され、政治的中央集権下、政治権力が広く多元的に分配されている。こういう政治制度の下では、法と秩序が確立され、所有権が保証され、包括的市場経済がつくられる。一方、収奪的政治制度の下では、国家権力は少数の人たちに集中し、支配エリートは、多くの人たちの利益を犠牲にして、みずからの利益を拡大しようと、収奪的経済制度を維持・発展させる。

 ただし、これは、収奪的政治制度の下で経済成長はおこらない、ということではない。近年の中国を見れば明らかな通り、近代的国家機構がつくられ、政治的中央集権化が実現されれば、収奪的制度の下でも経済成長はおこる。しかし、収奪的政治制度下での成長は持続しない。それは二つの理由による。第一に、持続的経済成長はイノベーションによってもたらされる。しかし、イノベーションは創造的破壊をもたらし、創造的破壊は旧勢力の衰退と新勢力の台頭をもたらす。そのため支配エリートはイノベーションを怖(おそ)れ、経済成長は持続しない。第二に、収奪的政治制度の支配エリートは圧倒的多数の犠牲に上にたいへんな利益を享受する。そのため多くの勢力が武力に訴えても支配エリートに挑戦し、国家権力を手に入れようとする。その結果、収奪的政治制度の下では、政治は不安定化し、ときには国家の破綻をもたらす。

 国家形成と経済発展について学ぶところの多いすばらしい本である。今年、これまでに読んだベストの本として推奨する。(鬼澤忍訳)
    −−「今週の本棚:白石隆・評 『国家はなぜ衰退するのか 上・下』=D・アセモグルほか著」、『毎日新聞』2013年09月15日(日)付。

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http://mainichi.jp/feature/news/20130915ddm015070007000c.html




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