覚え書:「書評:イエス・キリストの生涯 小川 国夫 著」、『東京新聞』2013年09月22日(日)付。

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【書評】

イエス・キリストの生涯 小川 国夫 著

2013年9月22日


◆奇蹟の意味、背景描く
[評者]横尾和博=文芸評論家
 世界で一番有名なのに、世界でもっとも謎の多い人物がイエス・キリスト。その生涯は多くの作家の創作意欲を掻(か)き立てた。現代日本文学では遠藤周作の『イエスの生涯』が有名。遠藤と同じカトリック信者の小川国夫は、イエスの像をわかりやすく、かつ文学的なイメージを重ねて本書を織りあげた。
 作者は聖書のなかに登場する女性や貧者など弱い人たちに寄り添う。イエス・キリストとは誰か、この世に何をもたらしにきたのか、聖書に記される奇蹟(きせき)の意味や比喩とはなにか。私たちの問いは無限に広がる。その問いに作者は自分なりの解釈をていねいに加えて謎に迫る。
 たとえば、奇蹟の背景には人間の哀れさ、悲しみ、苦しみの極点があり、悲惨(ミゼール)な状態にあるものこそ救いを望んでいる、と。その言葉を聞くと私は親鸞の「悪人正機説」を思い出す。善人が救われるのは当然だが、悪人こそ救われるべきである。ドストエフスキー罪と罰』のなかでも展開されるテーマだ。救済思想の根源を考えさせられた。
 新約聖書はイエスの誕生から磔刑(たっけい)までの物語。マタイ、マルコ、ルカ、ヨハネの四つの福音書と手紙などで構成されている。作者は四つの福音書を自分の意訳で読者に提示した。小川国夫は二〇〇八年に帰天したが、本書が示すように、「永遠の書」のなかに生き続けている。
新教出版社・1995円)
 おがわ・くにお 1927〜2008年。作家。著書『アポロンの島』『弱い神』など。
◆もう1冊 
 三浦綾子著『イエス・キリストの生涯』(講談社文庫)。受胎告知に始まるイエスの生涯を名画とエッセーでたどる。
    −−「書評:イエス・キリストの生涯 小川 国夫 著」、『東京新聞』2013年09月22日(日)付。

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イエス・キリストの生涯
小川 国夫
新教出版社
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