覚え書:「書評:桃源郷 中国の楽園思想 川合 康三 著」、『東京新聞』2013年10月06日(日)付。



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桃源郷 中国の楽園思想 川合 康三 著

2013年10月6日

◆長生の夢 古典に探す
[評者]池上正治=作家・翻訳家
 人は幸せを願い、長生を求め、楽園を想(おも)う。この永遠のテーマを、中国の古典文学の世界に渉猟した力作である。
 七百六十歳になっても元気だった仙人・彭祖(ほうそ)、二百歳で少女のような顔をしていた仙女・藐姑射(はこや)など、中国の神話はまさに長生きの宝庫である。
 この神仙の系譜はさらに、始皇帝の命をうけ不死の霊薬を探しに、東海へ船出した徐福(〓(ふつ))まで発展する。
 だが、厳しい現実と理想の楽園の間には大きな乖離(かいり)がある。そこで出家、隠逸となる。世俗から離れて仏門にいる出家は、やや個人的な行動である。
 しかし隠逸は、一族や郎党を率いており、しかも敢(あ)えて公職や俸給を絶つという、高い志を示す行為である。陶淵明の「帰去来の辞」は隠逸の宣言であり、「桃花源記(とうかげんき)」は楽園の記録である。日本でいう桃源郷であり、本書の核心部分である。
 また、漱石の『草枕』やT・モア『ユートピア』、J・ドリュモー『地上の楽園』からの引用は興味ぶかい。無いものねだりだが、J・ヒルトン『失われた地平線』に登場する理想郷「シャングリラ」にも言及して欲しかった。
 大量の詩句や古文に、美しい訳文を対比させてある。桃源郷をめぐり、個人と全体、現実と理想、文学と政治、そうした諸関係を快刀乱麻さながら、明快に解説してくれる好著である。
講談社選書メチエ・1680円)
 かわい・こうぞう 1948年生まれ。京都大名誉教授。著書『白楽天』『杜甫』。
◆もう1冊
 下定雅弘著『陶淵明と白楽天』(角川選書)。田園に帰った陶淵明と彼を慕った白楽天。ふたりの詩人の世界を描く。
※〓はくさかんむりに市
    −−「書評:桃源郷 中国の楽園思想 川合 康三 著」、『東京新聞』2013年10月06日(日)付。

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