覚え書:「今週の本棚・本と人:『晩年様式集』 著者・大江健三郎さん」、『毎日新聞』2013年10月27日(日)付。

103



        • -

今週の本棚・本と人:『晩年様式集』 著者・大江健三郎さん
毎日新聞 2013年10月27日 東京朝刊


 ◇晩年様式集(イン・レイト・スタイル)

 (講談社・1890円)

 ◇生涯をかけて問う状況−−著者・大江健三郎(おおえ・けんざぶろう)さん

 作家自身と重なる長江古義人を主人公に、福島の原発事故後の日々が描かれる長編小説。虚構も交えた、私小説を超えた私小説的作品と呼べばいいか。

 冒頭近く、余震が続く深夜に、自宅の階段の踊り場で「ウーウー声をあげて泣く」主人公の姿が描かれる。この切羽詰まった緊張感が全編に響く。悲壮感さえ、帯びるのだ。

 「福島の事故の後、なぜ、被爆を経験している日本人がいくつもの原発を造り続けてきたのか、考えました。切迫感をもって原発のことを考えなかった自分は弁解のしようがない。鈍感だった日本人の一人です」


 一方で、リズムのある読みやすい文章が印象的だ。長編『水死』(2009年)の後、宮沢賢治全集を読んでいた。

 「時代を超えた天才の文章です。この年齢(78歳)になってわかるなんて、恥ずかしいですが。曲がりくねった文章を読んでもらうことで、僕の考えを読者に共有してもらおうと思っていたのですが、そんな自分の文章に対する反省があります。自分を超えたリズムや明快さがあるのだと思いました」

 これまでの自身の仕事が激しく問い直される。いくつかの自作が読み返され、引用される。主人公の妻と妹と娘は「三人の女たち」というグループを作り、これまでの小説に反論する。障害を持った主人公の息子まで、彼を告発し始める。

 「旧作を読んでいない読者にも、このテキストと一緒に引用部分を読んでもらえればと思いました。女性の批判というのは当たっています。僕はそれに応えないできたのですが」

 全編に漂う異様な迫力は、この自分の生涯をかけて、原発事故やその後の日本の状況を問いかけているところにあるのだろう。事故は敗戦とも重ねられる。そして、この国の政治のあり方や民主主義の脆弱(ぜいじゃく)さをあらわにする。しかし、最後に、詩によって一筋の光が提示され、読者は解放される。

 「晩年に円熟など求めません。老年を迎え、自分はこんなふうに生きてきましたという報告のような気持ちです」<文・重里徹也/写真・竹内幹>
    −−「今週の本棚・本と人:『晩年様式集』 著者・大江健三郎さん」、『毎日新聞』2013年10月27日(日)付。

        • -











http://mainichi.jp/feature/news/20131027ddm015070022000c.html

Resize1684


Resize1676



晩年様式集 イン・レイト・スタイル
大江 健三郎
講談社
売り上げランキング: 487