覚え書:「私の社会保障論 『くらしの安心』近づくか 『経済活性化』への違和感=湯浅誠」、『毎日新聞』2013年11月27日(水)付。


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くらしの明日
私の社会保障
「暮らしの安心」近づくか
「経済活性化」への違和感
湯浅誠 社会活動家

 寒くなってきた。ストーブを出して、灯油を買った。18リットル1950円だった。高い。聞けば、昨年より80円上がったとのこと。10年前の2倍になった。
 値上がりしても、寒ければストーブを使う。電気代も上がっている。光熱費は増える。これで「消費が増えた」「経済が活性化した」と胸を張る人もいるんだろうか、と重たいポリタンクを運びながら思った。少なくとも灯油を買った私に「この先、さらに値段が上がるから今のうちに買っておこう」という「インフレ期待」はない。寒くなったから買った。それだけだ。
 日米欧の政府や中央銀行が大量のお金を市場に供給する。そのお金でさらなるお金を生み出そうとする人たちが、株や土地などの資産に投資する。資産価値は上がり、より積極的にお金を使う。それが商売を繁盛させ、雇用を増やし、働く人の賃金を上げる。株や土地を持っていない人にも恩恵が広がる。結果的にみんなが豊かになる−−。そんな理屈が「説得力がある」とされてきた。
 しかし、総務省の家計調査(7〜9月期速報値)を見ると、勤労者世帯の可処分所得は前年同期比1・5%実質減少と、2期連続で減っている。株価もかなり上がり、資産価値も増えたはずなのに、家計の余裕は減っている。基本給などの所定内給与は16カ月連続で減少し続けている。
 これから冬がきて、さらに寒くなる。灯油もたくさん買わないといけない。消費が増えれば国内総生産GDP)は増える。GDPが増えれば、喜ぶ人はたくさんいる。可処分所得が減って家計が苦しくなった人でさえ、GDPが増えたと喜ぶかもしれない。いずれ自分たちにも恩恵が巡ってくると思うからだろう。GDPは、豊かさを目に見える形で示すものとされてきた。その豊かさは、私たちの幸せをつくると思われてきた。これまで手に入れられなかったものを手に入れられる幸せ。いま、私たちが手に入れたいものとは何だろう。「安心できる暮らし」だろう。では、安心できる暮らしは、消費が増えたら手に入るのだろうか。どうも違うような気がする。
 世界各地に、こんな逸話がある。金持ちが貧乏人に「もっと働け」と叱咤する。貧乏人は「何のために」と聞く。金持ちは「金持ちになるためだ」と答える。貧乏人は「金持ちになったらどうなるのか」と聞く。金持ちは「のんびり暮らせる」と答える。すると貧乏人は「今はもう十分のんびり暮らしています」と答える。
 私たちは、近づこうとして遠ざかっていないか。
ことば*豊かさ
 「アベノミクス」で景気は上向きつつあるが、好循環の持続には賃上げが不可欠。政権の要請を受けて企業は賃上げを検討しているが、ボーナスなどの増額にとどまり、ベースアップ(ベア)がどこまで広がるかは不透明だ。一方、経済的な尺度だけでは測れない豊かさを求める「脱成長論」も広がっている。
    −−「私の社会保障論 『くらしの安心』近づくか 『経済活性化』への違和感=湯浅誠」、『毎日新聞』2013年11月27日(水)付。

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