覚え書:「私の社会保障論 キューバからもらう勇気=本田宏」、『毎日新聞』2013年12月11日(水)付。


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くらしの明日 私の社会保障
キューバからもらう勇気
医療と教育を無償化する国
本田宏 埼玉県済生会栗橋病院院長補佐

 10年有余、人口当たりの医師数が最低の埼玉から、日本の低医療費と医師養成抑制の問題を訴えてきた。しかし税と社会保障の一体改革と称した増税は決まったが、肝心の医療や社会福祉予算の削減が計画される。
 地方の一勤務医がどうあがいても、医療再生は困難とあきらめかけた矢先、心動かすツアーに誘われた。1950年代、貧富の差にあえぐラテンアメリカに心を痛めたチェ・ゲバラが、命がけで当時の軍事政権を倒した国、キューバの医療視察だ。
 革命後のキューバは。経済封鎖に加え、91年の旧ソ連崩壊で後ろ盾を失い、深刻な経済危機に陥っている。成田から約20時間かけ、11月2日午後10時にキューバに到着。ホテルに向かう道路は停電かと見間違うほど暗く、50年代の米国車が修理を重ねられながら普通に走っている。長年の経済制裁が市民生活に与える影響を肌で感じた。
 マイケル・ムーア監督の映画「シッコ」でも紹介され、注目されたキューバの医療は3層構造になっている。第一に地域密着の家庭医と看護師、第二に専門医や検査機器を備え入院を要しない救急患者を受け入れる診療所(ポリクリニック)、最後に入院治療を要する患者に対応する病院。乳児期のワクチン接種に始まり、健康教育、必要に応じた定期検診などのケアを家庭医が施す。検査や治療が必要な場合にポリクリニックや病院に紹介されるという役割分担がなされている。家族・地域ぐるみ、といえる医療体制だ。
 キューバの医療の大きな特徴は無償提供されていることだ。キューバは、憲法で「何人も看護を受け、健康を保障される権利を有する。国はこの権利を無料で保障する」とうたう。その結果、ワクチンや新薬開発に力を入れて輸出産業に成長させた。乳児死亡率は米国を抜いて世界でトップクラスの低さで、移植医療も実施する。さらに世界の自然災害や医師不足地域に医師や看護師を派遣し、ラテンアメリカ医学校ではアフリカ、さらには米国の貧困層の若者にまで医学教育を提供し、積極的に医療平和外交を果たしてきた。現在は日本と同様の高齢社会を見据えて、老年医学専門家育成や高齢者施設増設まで、数値目標を掲げて取り組んでいる。
 キューバが医療や教育を無償化し、最低限の食糧配給体制を守っているのは、土地が狭く資源も乏しい国だからこそ、国民を大切にすることが国が生き残るために最重要課題だと考えているからだ。未曾有の超高齢社会を目前に、社会保障体制の整備より五輪誘致が優先される日本に絶望感を抱いていた私だったが、ゲバラの夢「世界を変える」という精神を体現するキューバ人に勇気をもらい、ハバナ空港を後にした。
ことば・チェ・ゲバラ 1928年にアルゼンチンで生まれた革命家。ブエノスアイレス大で医学を学び、医師となる。キューバ革命に当初は軍医として参加、カストロ政権下で要職を歴任した。67年にボリビアでゲリラ活動中に捕らえられ、銃殺された。チェは愛称。
    −−「私の社会保障論 キューバからもらう勇気=本田宏」、『毎日新聞』2013年12月11日(水)付。

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