覚え書:「ガガです、ガカの―ロシア未来派の裔ゲオルギイ・コヴェンチューク [著]片山ふえ [評者]横尾忠則(美術家)」、『朝日新聞』2013年12月15日(日)付。


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ガガです、ガカの―ロシア未来派の裔ゲオルギイ・コヴェンチューク [著]片山ふえ
[評者]横尾忠則(美術家)  [掲載]2013年12月15日   [ジャンル]人文 アート・ファッション・芸能 

■天と通じた芸術家、宿命の試練

 ガガといえば歌手のレディー・ガガが有名だが本書のガガはロシアの現代画家で、子供のころ本名の発音が難しく、自らをガガと呼んだ。僕は本書で初めてガガなる作家の名と作品を知った。ひょんなことで彼を知った著者は彼のことを親しみをこめて「ガガさん」と呼び、サンクトペテルブルクまで訪ね、その波瀾(はらん)万丈の伝記を執筆した。
 「ガガさん」は第2次大戦後、収容所に送られた父のあらぬ汚名で〈人民の敵の子〉の烙印(らくいん)の下、画家活動に入るが、彼の反社会主義リアリズムの絵画はもろ、攻撃の対象になる。だけど生来の強運と楽天性を味方にしてあらゆる苦境を乗り切る。
 大戦下、ドイツ軍の侵入を逃れ、7歳のガガと母はレニングラードを去って遠縁の親戚のいるクイブイシェフに向かうが、最低最悪の条件下、母の直感によって奇跡的に守護される。「ガガさん」も母のDNAを受け継いでいるのか、常に間一髪の苦境を乗り越えて新たなチャンスを引き寄せる資質があるようだ。
 そのようなことは芸術家に与えられた宿命的な試練として常に語られてきた。だけどいつも苦境を背負わされているわけではない。本書で唯一、不思議な逸話が語られる箇所がある。それは2000年、パリにいた時、19世紀の画家ドーミエが夢に現れ、「ガガさん」に「『洗濯女』の記念碑を建ててくれ」と頼む。感動した「ガガさん」は、それを達成すべく奔走する。そのプロセスには思わず感嘆させられる。内面の声に忠実に従う彼の正義感のようなものを感じざるを得ない。芸術家が天と通じた瞬間である。
 ガガの絵はどのジャンルにも分類し難い。新表現主義、グラフィティ、アールブリュット、ロシア構成主義、ロシア未来派、そのどれでもあり、どれでもない。実に無邪気、無頓着、大雑把、即興、開けっぴろげ、正直、自由、そして全てに詩情が漂っている。
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 未知谷・2625円/かたやま・ふえ 大阪外国語大ロシア語科卒業。著書に『オリガと巨匠たち』など。
    −−「ガガです、ガカの―ロシア未来派の裔ゲオルギイ・コヴェンチューク [著]片山ふえ [評者]横尾忠則(美術家)」、『朝日新聞』2013年12月15日(日)付。

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