覚え書:「町村合併から生まれた日本近代 松沢 裕作 著」、『東京新聞』2013年12月22日(日)付。


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町村合併から生まれた日本近代 松沢 裕作 著

2013年12月22日


◆土地を囲って始まる社会
[評者]沼田良=東洋大教授
 およそ半世紀ごとに三度、全国規模の市町村合併を経験した国家がある。世界的にも特異な事例とされるのは、ほかならぬ我が日本である。いわゆる明治の大合併、昭和の大合併、そして平成の大合併だ。しかしこの「三大合併史観」では個々の大合併における固有の意義を誤認させると本書は言う。
 本書は、起点となった明治期を対象に、わが国初の大合併にいたる過程を検証し、その史的な意味を探ろうとした意欲作である。著者は、近代日本はこの明治期の町村合併が作ったと主張する。いわば町村合併を通して日本の「近代」を問い直す試みだろう。
 江戸期の村と町から始まって、大区小区制、三新法、備荒儲蓄法(びこうちょちくほう)、市制町村制など、明治維新から草創期にいたる様々な地方制度が取り上げられる。これらの試行錯誤の果てに、町村合併が位置づけられているわけである。
 本書のキー概念は「境界」と「近代」である。国・府県と同心円に合併町村の境界を設定し、この「行政区画の重層」によって無境界な市場を便宜的に管理する。そのようにして近代日本は立ち上がった。確かに町村合併は、法的にも「配置分合、境界変更」と称され、すぐれて境界に関わるテーマだ。
 こうした本書の構図は、ルソー『人間不平等起源論』の中の有名な一節を連想させる。ルソーは言う。誰のものでもない土地に一定の囲いを作り、これは自分のものだと宣言して周りを信じ込ませた最初の人こそ、市民社会を創設した人なのだ、と。まさに境界設定こそが近代を作り出したのだろう。
 少し違和感を覚えたところもある。明治期における国政や地方政治のディテールと、グローバリゼーションなど現代の解釈の枠組みとが、いまひとつ噛(か)み合っていないように感じられる。恐らくこれは次の研究課題なのかもしれない。ともあれ、明治地方制度史の研究に新たな一ページを加えるとともに、転換期の潮目を読むためのヒントも含む魅力的な一冊である。
講談社選書メチエ・1680円)
 まつざわ・ゆうさく 1976年生まれ。専修大准教授、日本近代史。
◆もう1冊 
 佐々木信夫『道州制』(ちくま新書)。東京など大都市の将来像を含めて、日本の新しい地方分権のあり方を提示する。
    −−「町村合併から生まれた日本近代 松沢 裕作 著」、『東京新聞』2013年12月22日(日)付。

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