覚え書:「書評:新・幸福論 「近現代」の次に来るもの 内山 節 著」、『東京新聞』2014年02月02日(日)付。



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新・幸福論 「近現代」の次に来るもの 内山 節 著

2014年2月2日


◆結び合う仲間の世界示す
[評者]根井雅弘=京都大教授
 「幸福」とは何かを考えるのは簡単ではない。だが、著者があえて「新」と銘打つには何らかの意図があるはずだ。
 高度成長期の日本では、労働者であれ企業人であれ消費者であれ、「人々」の一員として生きることが当然のことのように考えられていた。だが著者は、バブルの崩壊によって、「人々」の一員として生きる人たちを支える構造も崩壊したという。例えば、非正規雇用の増大のような雇用環境の悪化、年金の破綻、社会保障の切り下げなど、「明日」が保障されない社会が現実のものとなった。
 旧来の幸福の構図が遠くに逃げることを、著者は「遠逃(えんとう)」と表現している。そして、現代は「人々」であることへの「虚無感」が支配的になった時代なのだと。
 だが、著者は単に悲観しているだけではなく、東日本大震災後、被災地を継続的に支援していた人たちのなかに、「被災者」と「支援者」の関係から、災害によって崩壊した関係をもう一度構築し直そうという動きが現れていることに注目する。著者の言葉づかいでは、地域を「関係の網」として捉える試みが生まれているのである。弱肉強食の「経済」のもとでは「ともに生きる社会」はつくれるはずもないが、「関係の網」を軸に「結び合う仲間の世界」を確立しようとする試みが台頭してきたことは注目に値する。
 思想史的には、近代的な「自由な個人」への反発から様々なロマン主義の流れが出てきたのだが、ロマン主義の主体もあくまで「個人」であり、「結び合う仲間の世界」のなかにローカルな世界を見出(みいだ)すという著者の発想とは重ならない。もちろん、著者がいう「関係の網」が現代の「虚無感」から脱する唯一の道なのかどうかは見解が分かれるだろう。しかし、「幸福の構図」の変化を漠然と感じている読者にはひとつの重要な示唆を与えているのではないだろうか。
(新潮選書・1155円)
 うちやま・たかし 1950年生まれ。哲学者。著書『「里」という思想』など。
◆もう1冊
 宇沢弘文著『経済学は人びとを幸福にできるか』(東洋経済新報社)。効率性より人間の尊厳を説く『経済学と人間の心』の新装版。
    −−「書評:新・幸福論 「近現代」の次に来るもの 内山 節 著」、『東京新聞』2014年02月02日(日)付。

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http://www.tokyo-np.co.jp/article/book/shohyo/list/CK2014020202000166.html






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