覚え書:「ナチュラル・ナビゲーション―道具を使わずに旅をする方法 [著]トリスタン・グーリー [評者]角幡唯介(ノンフィクション作家・探検家)」、『朝日新聞』2014年02月09日(日)付。


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ナチュラル・ナビゲーション―道具を使わずに旅をする方法 [著]トリスタン・グーリー
[評者]角幡唯介(ノンフィクション作家・探検家)  [掲載]2014年02月09日   [ジャンル]社会 

■自然の摂理、理解するための知恵

 最近の探検界では現代機器に頼らず自然物を利用して旅をするのが好まれている。有名なポリネシア人の伝統航海術のように、機械化される以前の人類が保持していた身体知を駆使することで、現代人が知らない地球の未知の位相を見ることができる。要は探検とは時代の枠組み(システム)の外側を目指す行為なのだから、地理的にどこかに到達するという昔ながらの発想より、手法を駆使して未知の位相に到達した方がよっぽど現代的でスタイリッシュだというわけだ。
 本書はいわばそのマニュアル本だ。GPSや通信機器どころか地図やコンパスさえ使わず、太陽や星々、砂漠の砂丘の向き、極地の雪の風紋、海のうねりのでき方などを読み解き、方角を知るための方法を並べたものである。
 ただし実用的かどうかと問われると微妙だ。普通はこの本を読んでも、コンパスを持たずに砂漠を歩こうとは思わないだろう。しかしだからといって読む価値がないわけではないし、探検や旅に関心がない人にとっても得るところは決して少なくない。
 ここには旅の方法というより自然の摂理を理解するための知恵が書かれている。実は自然によるナビゲーションには方角を知る以上に重要な意味があって、太陽がここにあるから今はここにいる、というように対象と関連づけて自分の空間的位置を把握することで、逆に自分の実体的な存在が自然から与えられているという感覚を持つことができるのだ。地球とガッチリかみ合っているという感覚。それはGPSを使っていては絶対に得られないし、一方で昔の人はそれを当たり前の前提として生活を営んできた。
 そうだ。そう考えると、この本には現代人がスマホやGPSのかわりに何を切り捨ててきたのかが書かれているのだ。と読みながらそう思い至ったが、それはあまりにも皮肉な見方に過ぎるだろうか。
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 屋代通子訳、紀伊国屋書店・2100円/Tristan Gooley 作家・探検家、英国の旅行会社Trailfinders副会長。
    −−「ナチュラル・ナビゲーション―道具を使わずに旅をする方法 [著]トリスタン・グーリー [評者]角幡唯介(ノンフィクション作家・探検家)」、『朝日新聞』2014年02月09日(日)付。

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