覚え書:「発言 知の力で被災地に活力を=里見進」、『毎日新聞』2014年02月20日(木)付。

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発言
知の力で被災地に活力を
里見進 東北大学

 早いもので東日本大震災から満3年が過ぎようとしている。仙台市に住んでいると震災の爪痕を感じることもなく震災後の復旧・復興は順調に進んでいるように見える。しかしながら沿岸部を訪れるとがれき処理にめどがついたとはいえ復興・復旧はまさにこれからである。
 復興・普及の一つの目安となる人口動態を見ると、震災発生から2年、被災3県(岩手、宮城、福島県)の人口は流出が続き、震災前に比べ11万人(1・92%)も減少した。被害の大きかった沿岸部の町では全人口の10%以上が減少した町も珍しくない。より申告なのは将来を担う若年層や30、40歳代の流出が顕著で、高齢化が急速に進んでいることである。
 安心して住める環境が壊れてしまったことに加え、安定した雇用機会が失われた影響も大きい。がれきの処理と建設ラッシュで一時的に雇用の機会を増やしている「復興特需」もいずれは終わりになる。
 だからこそ学術機関の役割を痛感する。被災地の健全な復興・復旧には医療や住環境を整え、エネルギー供給面でも自立した地域社会の新しいモデルを創出し、雇用を生み出す産業やその担い手となる人材を、産学官が連携して育てる必要がある。大学にはこれらを総合的に考え、解決する英知が求められている。
 東北大学は今回の震災で3人の学生が津波の犠牲となり、多くの建物や設備が壊れ、貴重な研究資料を失うなど多くの被害を受けた。ただ、教職員・学生の士気は高く、東北復興・日本新生の先導役になるとの決意の下、東北大学災害復興新生研究機構を設置し、現在八つの大型プロジェクトを推進している。
 災害科学を総合的に研究し、実践的な減災・防災学を想像する「災害科学国際研究所」を設立した。医療情報と遺伝子情報を複合させたビッグデータ活用で、未来型の医療や創薬研究の基盤を作る東北メディカル・メガバンク構想が動いている。
 海洋環境や海洋生態系の調査・研究を通じ東北の豊かな海を取り戻す東北マリンサイエンスや再生可能な新エネルギーの開発研究とそれを用いた都市空間の創出、放射性物質の環境汚染や体内蓄積の調査研究は地域への貢献を信じている。
 災害に強い情報通信インフラの開発、イノベーション人材の育成と地域産業の復興を支援するプロジェクト、大学の持つ素材の事業化を促進し新規産業を創出するプロジェクトなど多角的取り組みに努めたい。
 これらは国内外の学術機関や産業界、行政機関と連携しており、すでにいくつかの重要な研究成果が上がっている。しかしながら地域社会の新しいモデルの提示や新規産業を興すまでには至っていない。
 大学OBのミュージシャン、小田和正さんにお願いして校友歌「緑の丘」を作っていただいたのも復興に励む学生・教職員のみならず市民の方々を元気づけたい思いからだった。羽生結弦選手の金メダル、東北楽天イーグルスの野球の力も希望を与えた。大学には今まさに知の力で被災地に活力を取り戻す役割が求められている。
さとみ・すすむ 那覇市出身。東北大学医学部第二外科教授、同大病院長などを経て2012年4月現職。
    −−「発言 知の力で被災地に活力を=里見進」、『毎日新聞』2014年02月20日(木)付。

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