覚え書:「今週の本棚・この3冊:堤清二/辻井喬=福原義春・選」、『毎日新聞』2014年02月23日(日)付。
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今週の本棚・この3冊:堤清二/辻井喬=福原義春・選
毎日新聞 2014年02月23日 東京朝刊
<1>父の肖像(辻井喬著/新潮社/品切れ)
堤清二は深い思索の人だった。すぐれた経営者でもあり、辻井喬のペンネームで次々と詩を発表し、文学者としても立派な作品を残した。その全てが一人の人間存在であったところに、この人の大きさがある。
それがどこから出て来たものか。疑いもなく出生から青年期までの環境の中で育まれ、それに本人の感性が敏感に反応したものの蓄積が、エネルギーとなったのだと思う。
辻井喬『父の肖像』は、云(い)わば自伝的にその事情を書いたシリーズの頂点である。そこでは、父・康次郎に対する反撥(はんぱつ)がどこから来たのかばかりでなく、昭和の時代に財界人や政治家はどう動いたかが描かれ、生き生きとした時代史でもある。云わば評伝を文学作品に仕立ててしまう力は、歌人の川田順を書いた『虹の岬』、大平正芳を書いた『茜(あかね)色の空』もそうだが、作者が理想を追った人たちの像も、反抗の鉾先(ほこさき)も立派な文学作品にしている。
詩はまるで水が湧き出るように、次々と書かれてはまとめられ、詩壇で数ある賞を受けた。その中で、??そう遠くないうちに僕も入るその空間には/雲が流れているだろうか??と綴(つづ)った辻井喬『死について』を改めて読んでみて、その平易に綴られた文体の奥に沈む深い思慮を考えてみた。
それは入院中に何(いず)れはやって来るであろう死のことを考えた美しい詩片である。だがそこにも反戦思想の太い根が埋め込まれていた。
堤清二はまた感覚のすぐれた、峻厳(しゅんげん)な経営者でもあった。父からあてがわれた西武百貨店を一気に盛り上げ、いくつもの経営を指揮して、大衆の消費を文化化し、この時代の空気を変えた。その実務の中から独自の流通変革論を唱えた。堤清二名義の著書は多くないが、堤清二『消費社会批判』は、産業資本主義と市場主義経済の二つの側面でとらえられたこれまでの大量流通変革論に、人間の要素を加え、情報のネットワークを導入して一歩も二歩も進んだ社会を作ろうとする議論であった。
私は思う。このような経営感覚は、単なる経営者の発想を遥(はる)かに超えるものだ。それは堤清二が詩人の発想を現実の世界に適用しようと思うことから初めて可能になるもので、この人はどこまで行っても詩人としての経営者であり、それがこの人の成功にもなったし、終着点にもなったのだと。
−−「今週の本棚・この3冊:堤清二/辻井喬=福原義春・選」、『毎日新聞』2014年02月23日(日)付。
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http://mainichi.jp/shimen/news/20140223ddm015070006000c.html