覚え書:「論点:震災復興に求められる視点」、『毎日新聞』2014年03月07日(金)付。

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論点:震災復興に求められる視点
毎日新聞 2014年03月07日 東京朝刊

 東日本大震災は3月11日に発生から3年を迎え、復興プロセスは4年目に入る。これまでの実績と課題はどう評価すべきか。そして、これからの対策に求められる視点とは。

 ◇将来像は被災者の熱意で−−貝原俊民・前兵庫県知事

 東日本大震災から3年たち、これまで復興のためにしてきたことを検証し、今後の方向性を探る時期に来ているのではないかと感じている。日本は少子高齢化で人口減少が進む。地方にとっては特に深刻な問題だ。被災地が目指す新たなまちづくりは日本の今後を占う試金石だといえる。それだけに被災者がどんな地域社会を目指すのか、復興の先にあるビジョンを共有する議論が十分になされなければならない。

 生活の再建に追われる被災者にとって、ビジョンというと遠いもののように思われるかもしれないが、今のコミュニティーの移転や復興だけ考えていては、10年後、20年後もまちが存続しているかどうか分からない。その将来像をどう描き実現するかは、被災者の熱意にかかっている。そのエネルギーを国が阻害していることはないのか、復興事業のあり方が懸念される。

 私が兵庫県知事の時に起きた阪神大震災では復興庁という国の機関は設けられず、県が復興基金の運用を担った。東日本大震災でも復興基金を設けたが、国のひも付きなので画一的、形式的に制度が作られ、使い勝手が悪い。市民団体などの復興ボランティアへの財政支援をする際、国の基準に合わないという理由で支給対象から外れてしまうケースが少なくないと聞く。

 インフラ整備の復興特需のため、建設や警備保障などの業種に人手をとられ、地場産業の農業や漁業が求人を出してもなかなか応募がこない。たとえば漁業を復興するといっても、大手資本を導入して国際競争力のある漁業を育成することになれば、これまで細々とやってきた高齢の漁民たちは置いてきぼりにされてしまう。地域の復興と被災者の復興は同じではない。どうバランスを取るか、という方針が重要だ。インフラ整備は必要だが、実際に地場産業が困っている実態があるわけで、被災者の目線に立つことが基本である。

 確かに東日本大震災では津波で役所が流されたり、東京電力福島第1原発事故で住民がまるごと移転せざるを得なくなったりしたので、阪神大震災よりも自治体の機能は大きく損なわれた。ただ、だからといって国が中心になって復興を進めるべきだ、と考えるのは早計だ。

 支援の仕組みには、垂直支援と水平支援の二つの考え方がある。垂直支援は権限や財源を上にある国が持っているので、被災自治体の主体性が弱くなってしまう。他の自治体が横から応援する水平支援なら、被災自治体は主体性を保ちながら復興を進めていくことができる。この3年間を振り返ると復興庁による垂直支援が目立つ。きめ細かく被災地の実態に合わせるには、水平支援の仕組みを充実していく必要があろう。

 復興庁はようやく「『新しい東北』の創造」を掲げ、単に震災前に原状回復するのではなく、人口減少などの問題を解決し日本や世界のモデルとなる未来社会の形成を目指している。阪神大震災では、それが十分できなかった。ぜひ成功させてほしい。これまでの復興の進め方を検証すれば、被災者が将来のビジョンを改めて考える機会となる。さらに国にとっても、近い将来甚大な被害が予想される首都直下型地震南海トラフ地震といった、新たな巨大地震への備えに役立つだろう。【聞き手・吉富裕倫】

 ◇ムラ的民主主義の危うさ−−斎藤環精神科医、筑波大教授

 東日本大震災から3年が経過し、安倍政権のもとで、震災からの復興は一定の進展を示しつつある。民主党政権の失敗から学び、高台移転やがれき処理などについての目標設定を適宜調整しつつ、復興を進める姿勢は評価できる。

 しかし、東京電力福島第1原発の事故処理についてはいまだ問題が山積している。第一に、除染や廃炉、汚染水対策が停滞しているという現実。とりわけ汚染水についてはトラブルが続いており、安倍晋三首相が五輪招致演説で述べたような「アンダーコントロール」とはほど遠い。

 もちろん原発事故については、他の政権担当者ならばきちんと処理できたとは限らない。しかし、長期的視野に立った場合に、安倍政権は少なからぬ“思想的問題”をはらんでいる。

 私が特に懸念するのは、安倍政権が一貫して“前のめり”になっている改憲論議についてである。一昨年に提示された自民党改憲案には、立憲主義の否定になりかねない危うさがある。この改憲案は、安倍首相の思い描くポエジーの反映である。

 「自立自助を基本とし、不幸にして誰かが病に倒れれば、村の人たちみんなでこれを助ける。これが日本古来の社会保障であり、日本人のDNAに組み込まれているものです」(安倍晋三「瑞穂の国の資本主義」文芸春秋2013年1月号)

 ここで述べられる「瑞穂の国」とは、いわば理想化されたムラ社会である。改憲案の理念にも、至る所にムラ的価値観がにじんでいる。

 例えばこの改憲案は「天賦人権説」を排除する。“権利には義務が伴う”がゆえに、個人の権利は国への義務を果たすことで保障されるという思想は、戦前の大日本帝国憲法への“退行”である。

 民主主義の根幹は、個人の人権に至上の価値を置くことである。その意味で、個人の権利以上に重要なものがあると考えるこの改憲案は、民主主義に反している。

 改憲案ではしきりに「公の秩序」が強調される。福祉ではなく秩序、である。しかし、個人の活動を抑圧する「公」は「公」ではない。それは「世間」そのものだ。

 世間を構成するのは家族や地域や会社といったムラ的中間集団である。つまり改憲案では、国家や社会といった「公共」以上に、ムラ的な「世間」が重視されているのだ。

 こうしたムラ的民主主義は、短期的な地域の復興や景気浮揚においてはそれなりに効果を発揮するだろう。しかし原発廃炉をはじめとする長期的な原子力政策、あるいは復興の中で疲弊した被災弱者へのサポートについては大いに不安が残る。

 すでに安倍政権は原発再稼働を前提としたエネルギー政策を進めつつあるが、今回の事故において問題となった人災的側面(事故直後の保安院職員の逃亡など)への反省がほとんど生かされていない。

 ムラ的価値観の問題の一つは、トラブルが起きた場合の責任の所在がうやむやにされやすい点である。さらに、先般成立した特定秘密保護法のもと、今後の政策決定の過程が不透明化し記録に残されない懸念が加わる。

 「あの日」を経てきた私たちが、今度こそ「市民」たりうるのか、依然として「ムラ人」にとどまるのか。ひとまずは改憲に対する意思表示がその試金石となるだろう。(寄稿)

 ◇命を守るための法整備を−−大島理森自民党東日本大震災復興加速化本部長

 東日本大震災から3度目となる今年の正月を仮設住宅ではなく、新しい住まいで迎えていただきたいと、1年間努力してきた。残念ながら、それは達成できなかったが、「あの高台に新しい住まいができます」「新しいコミュニティーはここですよ」と示せる段階までは来た。この4、5月には多くの被災者に新たな生活の拠点を見ていただき、生活再建への具体的イメージを持ってもらえるようになると思う。

 津波は、生きるための基盤、すなわち、住まい、仕事、コミュニティーを根こそぎ奪い去った。これらをすべて同時に復興しようとするのは不可能だった。だから、戦略的に順序付けをし、集中的、段階的に事を進め、復興への道筋を明確にすることを重要視してきた。昨年3月に「住まい」、6月に「仕事」、11月には「原発災害」と中心的な課題を明確にした提言をまとめ、政府と呼吸を合わせて復興を加速させるよう取り組んできた。

 東日本大震災は被災地域が長大で、原発災害を伴った点で、過去の大災害と著しく異なる。未知の領域である原発災害からの復旧・復興は困難の連続だ。民主党政権は、東京電力にすべての責任があることを前提に復旧策をスタートさせた。このため、当時の政府は言い訳的な対応に終始していた、と言わざるを得ない。原子力政策を推進してきた自民党には重い責任があり、野党時代からそれを痛感してきた。ただ、前政権からの急激な政策変更は混乱を招くだけだ。どのように政治の責任を果たしていくのか。被災自治体と話し合いながら模索してきた。

 福島の被災者の「全員帰還」原則を転換したのもその一つだ。福島第1原発周辺地域の自治体に尋ねると、被災者の意向は「どうしても古里に帰りたい」「帰れるのか帰れないのかはっきりさせてくれ」「答えられない」がほぼ同じ割合だった。新たな生活の拠点が定まらない現状は被災者にとって大変つらいことだ。被災者の判断ばかりにゆだね、何年も放置していいはずがない。こういう方法でどうでしょうかと提案する形で、政治が判断を示す。そのことが責任を果たすことだと考えた。

 中長期の課題についても、廃炉、汚染水については監督という国の主体的責任を明確にし、除染は東電、中間貯蔵施設は国が責任を持ってやると整理した。中間貯蔵施設は環境省で調整してもらっている。福島の現状は、復興以前の「復旧」の前半段階にとどまっている。中間貯蔵施設の問題を解決し、今年は復旧が目に見えて進む1年にしなければならない。

 日本は地震を避けて通れない宿命を背負う。幾多の大災害を英知を集めて乗り越えて来た歴史がある。原発災害からの復旧・復興も世界の知恵を借り、皆で努力することで成し遂げられるはずだ。首都直下型地震東南海地震など未来への備えも政治の役目だ。災害への対応は現在、応急、復旧、復興、希望の4段階だが、大危機の応急時の対応については、もう一段高める必要がある。

 私権の制限という憲法上の問題も含めて、「命」を守るための法制度を勉強したいと思っている。痛ましい犠牲と、国家的な難問を我々に突きつけた東日本大震災の教訓は重く、そして深い。【聞き手・因幡健悦】

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 ◇震災を巡る安倍政権の主な動き

2012.12 第2次安倍内閣が発足

2013.1  安倍首相が復興予算の増額と復興庁の司令塔機能の強化を指示

     4  宮城県石巻市桃浦地区を水産業復興特区に全国で初認定

     6  復興推進委員会が中間とりまとめ「『新しい東北』の創造に向けて」を発表

     7  12年度復興費の約35%、3兆4271億円が手つかずと判明

     10 福島第1原発事故を受けた「子ども・被災者生活支援法」の基本方針を決定

2014.2  福島県田村市都路(みやこじ)地区の避難指示を県内11市町村の中で初めて4月に解除する方針を決定

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 「論点」は金曜日掲載です。opinion@mainichi.co.jp

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 ■人物略歴

 ◇かいはら・としたみ

 1933年生まれ。東京大法学部卒。86年から2001年まで兵庫県知事を4期務め阪神大震災の復興を指揮。現ひょうご震災記念21世紀研究機構特別顧問。

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 ■人物略歴

 ◇さいとう・たまき

 1961年岩手県生まれ。筑波大大学院医学研究科博士課程修了。同大教授。著書に「世界が土曜の夜の夢なら−−ヤンキーと精神分析」(角川書店)。

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 ■人物略歴

 ◇おおしま・ただもり

 1946年青森県八戸市生まれ。慶応大法卒。83年衆院議員に初当選。当選10回。文相、農相、党副総裁を歴任。2012年末から現職。
    −−「論点:震災復興に求められる視点」、『毎日新聞』2014年03月07日(金)付。

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