覚え書:「今週の本棚・この3冊:復興とSF=東浩紀・選」、『毎日新聞』2014年03月09日(日)付。
-
-
-
- -
-
-
今週の本棚・この3冊:復興とSF=東浩紀・選
毎日新聞 2014年03月09日 東京朝刊
<3>復興文化論−−日本的創造の系譜(福嶋亮大著/青土社/2310円)
日本を代表するSF作家、小松左京は、戦後の焼跡から出発し、高度経済成長期の未来への希望を体現した小説家である。彼は原子力情報誌の記者からキャリアを始め、多くの未来社会を描き、1970年の大阪万博にも関わった。そんな彼は95年から翌96年にかけて、阪神淡路大震災を扱ったノンフィクション、『大震災’95』を記している。膨大な資料を集め、関係者への聞き取りをもとに震災の「総合的な記録」を目指したその試みは、いま再読すると多くの発見に満ちている。しかし、厳しい現実との直面はまた著者自身の健康を蝕(むしば)み、小松は本書以降ほとんど小説を書かなくなった。戦後長いあいだ未来を描き続けてきたSF界の巨匠が新作を書けなくなる、この事実こそが当時の危機の本質を証言している。95年に日本は未来を失った。そしてその喪失からいまだに回復していない。小松は奇(く)しくも2011年夏に亡くなっているが、その喪失を徹底させたのが、同年春の東日本大震災と原発事故だった。
とはいえ、人間は未来への希望なしには生きることができない。小松からほぼ40歳下のSF作家、瀬名秀明は、仙台在住で東日本大震災を経験している。『新生』は、そんな彼が復興の問題に正面から取り組んだ傑作短編集。とはいえ、本作は必ずしも被災地の現状を描写した小説というわけではない。物語だけみれば正統派のSFだが、むしろそこにこそ作家の企(たくら)みが潜んでいる。震災後SFは可能か、それはつまりは、現代日本で未来を想像することはいかにして可能かという問いだと瀬名は考える。その問いに答えるため、作家は本作であえて小松の『虚無回廊』と同じ舞台を使い、高度な「二次創作」を展開することで、小松的未来観を震災後にふさわしいものにアップデートしようと試みている。いま日本に必要なのは、なによりもSFの復興であり、未来の復興である−−それこそが『新生』のメッセージだ。
最後に評論から一冊。32歳の秀英、福嶋亮大の『復興文化論』は、柿本人麻呂からクールジャパンまで、日本文化の長い系譜を、さまざまな災厄からの回復の連鎖として捉える意欲的な試み。福嶋はほとんど触れていないが、戦後日本のSFの歩みもまた、敗戦の傷を治癒させるための「復興文化」だったと言える。復興とは未来への希望を回復する営みである。新たな復興のための、新たなSFが求められるのだ。
−−「今週の本棚・この3冊:復興とSF=東浩紀・選」、『毎日新聞』2014年03月09日(日)付。
-
-
-
- -
-
-
http://mainichi.jp/shimen/news/20140309ddm015070007000c.html