覚え書:「東日本大震災3年:姜尚中さんに聞く 犠牲者の生きた証し、言葉に」、『毎日新聞』2014年03月11日(火)付。


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東日本大震災3年:姜尚中さんに聞く 犠牲者の生きた証し、言葉に
毎日新聞 2014年03月11日 東京朝刊

(写真キャプション)カン・サンジュン 政治学者。1950年、熊本県生まれ。聖学院大全学教授(4月から学長)、東京大名誉教授。「ナショナリズム」「悩む力」など著書多数=西本勝撮影

 今年もこの日がめぐってきた。親しい人を亡くした悲しみは今も癒えることはない。3年という時間は私たちに何をもたらし、生き残った者はこの先の時間をどう紡いでいけばいいのか。5年前に亡くした一人息子と震災の犠牲者たちへの思いを込めた小説「心」(集英社)の著者で、政治学者の姜尚中さん(63)に聞いた。

 ●忘却促される不安

 −−3年という時間の意味は。

 3年という節目は、当事者にとってこれまでとは違ったつらさがあります。「日常に戻りたい」と思い、実際に戻りつつある一方、亡くなった人を忘れていくのではないかと不安になるのです。

 社会的には一つの区切りのような意味を持つ「3年」という時間。でも親しい人を突然に失う悲しみを経験した人にとって、数字はほとんど意味がありません。むしろ、「もう3年なんだから」と忘れることを促されているような不安感を抱えているのではないでしょうか。

 悲しみを抱える人は喪失対象との距離感を持てません。「この悲しみは私にしか分からない」と思いつめ、他人がそこに立ち入ることに拒否反応を示します。自分のカプセルの中に死者とともに入り込んでしまうのです。

 距離感がない時期は絶対に必要です。でも距離感が生まれる時も必ず来ます。それは他人が働きかけて作れるものではありません。そして、死者と距離を置けるようになった時、初めて生と死というものが見えてくると思うのです。

 ●死者と距離置いて

 −−距離感はどう作ればいいのでしょうか。

 僕は「心」を執筆したことで距離感を作れました。

 「心」の主人公「なおひろ」は僕の息子の名前です。息子は「生きとし生けるもの末永く元気で」という言葉を残して逝きました。

 当初はゲーテの「親和力」をテーマに人間と自然の関係性を描きたかったんです。そこでキーワードとなるのが「水」でした。そこに震災が起きたんです。津波が来て、僕自身が驚きました。フィクションだったはずが、現実がどっと押し寄せてきたようで、息子の死や最期の言葉も重ねて考えるととても偶然とは思えませんでした。どうすれば生者と死者の関係を構築できるか考え、大幅に書き換えました。

 死んだら終わりではありません。「その人が生きた証し」が、生き残った者と亡くなった者の双方に必要なんです。その人がかけがえのない、地球上でたった一人の存在だという証し。その人が生きた歴史や意味を見いだし、受け取れるのは生きている人間だけです。どんな短い人生でも、どんな死に方でも、僕はそこに意味はあると思います。

 だから「心」では「死とは結局、生き残った者の思いなのだ」と書きました。息子の死に、僕自身がそう感じたからです。

 最近思うのは、人間が行き着く終着地点は「言葉」だということです。人間は、満たされないものを言葉や活字に求める生き物なのです。

 「この誰とも比較できない悲しみは、死者への愛情につながっている。だからこの悲しみは自分だけのものだ。他人に立ち入ってほしくない」。そんなふうに感じる人は、本を読むのもいいでしょう。聖書や般若心経、(ユダヤ強制収容所での体験を描いた)フランクルの「夜と霧」や、僕の「心」でもいいと思います。同じ喪失感を経験した人間が、今ここにいる。本を読むことが、死者と距離を置いて考えたり語ったりする、ある種のきっかけになれると思うのです。

 ●見切り発車の風潮

 −−被災地から離れた場所にいる人間や社会は何ができるのでしょうか。

 東日本大震災を思う時、僕は18世紀にヨーロッパ中を震撼(しんかん)させたリスボン地震ポルトガル)を思い出します。当時、宗教界は大論争になりました。死生観など根源的な既成観念が揺り動かされたんです。

 3年前の3月11日、私たちはいろいろなものを問われたはずでした。でも被災地から離れた場所では、既に震災などなかったような空気が流れています。何かが見切り発車のまま忘れられていこうとしています。震災を対岸の火事と捉えるのではなく、3年の節目を機に社会全体でこれまでの生き方を見直すべきではないでしょうか。

 原発は本当に安全なのか、事故は本当に収束していくのか−−。社会や経済の行き詰まりも決定的になりました。ところが政治は急速に元に戻ろうとしています。これは被災地にとっては大きな違和感です。「戻れない」「戻らない」と決めることが被災者へ報いることではないでしょうか。

 今、国家や社会が一つの自然災害に見舞われた人と地域をどう遇するかが問われていると感じています。大事なのは、抱えきれない悲しみや喪失を経験した被災地や被災者が他人を受け入れる距離感を持てた時、「自分は見捨てられていない」と思える関係や環境を用意できるかどうかです。【聞き手・中村かさね】

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 ■人物略歴

 ◇カン・サンジュン

 政治学者。1950年、熊本県生まれ。聖学院大全学教授(4月から学長)、東京大名誉教授。「ナショナリズム」「悩む力」など著書多数。
    −−「東日本大震災3年:姜尚中さんに聞く 犠牲者の生きた証し、言葉に」、『毎日新聞』2014年03月11日(火)付。

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http://mainichi.jp/shimen/news/20140311ddm013040003000c.html






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