覚え書:「書評:歌よみ人 正岡子規 病ひに死なじ歌に死ぬとも 復本 一郎 著」、『東京新聞』2014年03月23日(日)付。

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歌よみ人 正岡子規 病ひに死なじ歌に死ぬとも 復本 一郎 著

2014年3月23日

◆自筆稿行方不明の謎
[評者]齋藤愼爾俳人・文芸評論家
 正岡子規の短い生涯に果たした文学的業績は、その光芒(こうぼう)を放つ凄絶(せいぜつ)な詩魂と影響力の強さによって、後世の私たちを今なお圧倒せずにおかない。享年三十四の早世は天才モーツァルトのそれにほぼ等しいが、宿痾(しゅくあ)の結核と脊髄カリエスで病床六尺の空間に呻吟(しんぎん)する晩年の八年間はモーツァルトとは無縁のものである。
 子規には百六十余の雅号があるが、自ら墓碑銘に残したいと望んだのは「子規、獺祭書屋主人(だっさいしょおくしゅじん)、竹ノ里人」である。「竹ノ里人」は子規の住んだ根岸が、呉竹(くれたけ)の根岸の里と称されたことから来ている。
 著者は「竹の里人」に興味を持つ。つまり従来の「俳人子規」偏重の傾向からの離脱、「歌よみ人」としての子規に照準を合わせての評価の試みである。副題は「神の我に歌をよめとぞのたまひし病ひに死なじ歌に死ぬとも」の子規歌に拠(よ)る。短歌革新のための歌論『歌よみに与ふる書』は、その意気込みをこめてか、「竹の里人」の雅号で発表されている。
 『墨汁一滴』『仰臥漫録(ぎょうがまんろく)』からの自在適切なる引用、著者の俳論「褻(け)」と「晴(はれ)」の応用、多彩な挿話など興趣は尽きない。就中(なかんずく)、子規の自筆歌稿『竹乃里歌』の所在不明事件は圧巻。容疑者は伊藤左千夫長塚節ら七弟子に柳田国男折口信夫を巻き込んでの犯人捜し、真相に着地する名探偵岡野弘彦の登場と上質なミステリを読む気分になる。
 (岩波現代全書・2415円)
 ふくもと・いちろう 1943年生まれ。国文学者。著書『子規とその時代』など。
◆もう1冊 
 伊集院静著『ノボさん』(講談社)。文芸に打ち込むノボさん(正岡子規)と夏目漱石の友情を描く青春小説。
    −−「書評:歌よみ人 正岡子規 病ひに死なじ歌に死ぬとも 復本 一郎 著」、『東京新聞』2014年03月23日(日)付。

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