覚え書:「書評:水軍遙かなり 加藤 廣 著」、『東京新聞』2014年03月23日(日)付。

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水軍遙かなり 加藤 廣 著  

2014年3月23日

◆丹念に描く戦国の物作り
[評者]末國善己=文芸評論家
 斬新な歴史解釈に定評のある加藤廣の新作は、九鬼水軍を率いた守隆の波乱に満ちた生涯を描く大作である。
 物語は海を眺めるのが好きな八歳の守隆が、信長に引き立てられ志摩国の盟主になった父の嘉隆、水平線の先に何があるのかという疑問に答えてくれた合理主義者の信長、最先端の天文学と航海術を教えてくれた徐・ブラデスタたちの薫陶を受けながら成長していくので、青春小説の爽やかさがある。
 当然ながら、海戦シーンのスペクタクルは圧倒的。著者は、北条家に仕えた有名な忍びの風魔党が北条水軍の一部隊だったとしており、嘉隆・守隆父子が、旋回の速い竜骨を持つ船と夜間でも操船できる高い技術を持つ風魔水軍を、どのようにして破るのかが、前半のクライマックスになっている。
 海軍力は、その国の技術力を測る指針になる。そのため作中には、戦国時代の船舶、武器、方位磁針の製造といった物作りも丹念に描かれていく。当時の職人がヨーロッパの先端技術を短期間に習得し、独自の形にアレンジするところは、技術立国日本の原点を見る思いがするのではないだろうか。
 なかでも、信長の命を受けて嘉隆が建造した鉄甲船の意外な真実や、守隆が李舜臣の考案した亀甲船(きっこうせん)の弱点を見抜く場面は、驚きも大きいはずだ。
 さらに著者は、交易にも海防にも使える水軍を描くことで、貿易による利益を確保しながら日本の独立を守るためには、軍事力はどのようにあるべきなのかという現代的な問題にも切り込んでいるだけに、考えさせられる。
 嘉隆、守隆が生きたのは、天下の覇者が、信長、秀吉、家康と入れ替わった激動の時代。そのため、本能寺の変で信長が倒れると、秀吉につくか家康につくかで悩み、関ケ原の合戦では家中が分裂するなど、常に難しい舵(かじ)取りを迫られる。これは派閥の動向を見ながら、生き残りの道を模索するサラリーマンを彷彿(ほうふつ)とさせるので、守隆の苦悩には思わず共感してしまうだろう。
  (文芸春秋・1943円)
 かとう・ひろし 1930年生まれ。作家。著書『求天記』『安土城の幽霊』など。
◆もう1冊 
 加藤廣著『信長の棺』(上)(下)(文春文庫)。本能寺の変の後、消えた信長の遺骸を追う歴史ミステリー。作家七十五歳のデビュー作。 
    −−「書評:水軍遙かなり 加藤 廣 著」、『東京新聞』2014年03月23日(日)付。

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