覚え書:「今週の本棚:中村達也・評 『脱「成長」戦略−新しい福祉国家へ』=橘木俊詔・広井良典著」、『毎日新聞』2014年03月30日(日)付。
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今週の本棚:中村達也・評 『脱「成長」戦略−新しい福祉国家へ』=橘木俊詔・広井良典著
毎日新聞 2014年03月30日 東京朝刊
(岩波書店・1900円+税)
◇工業化と成長に続く「定常状態の社会」に向けて
民主党政権も自民党政権も、中身に違いはあるものの「成長戦略」を掲げてきたという点では、共通している。経済問題のあれこれを、何はともあれGDPというパイの拡大によって解決するという構えである。そうした発想に真っ正面から異を唱えたのが、この対談本である。「成長戦略」と同じ土俵でそれに反対する「反成長」論ではなく、異なる土俵で経済の真の発展を構想する「脱成長」論、これが本書の立ち位置である。
広井氏はあたかも「鳥の目」を具(そな)えているかのように、橘木氏は「虫の目」を具えているかのように、それぞれに異なる眼差(まなざ)しで問題に切り込んでゆく。基本的な問題意識を共有しているという信頼感のゆえであろう、率直な疑問や異論をぶつけ合いながら、ほど良い緊張を保ちつつ議論は展開されてゆく。現在の日本は、GDPというパイの大きさで見るならば、すでにかなりの水準にまで到達している。重要なのは、むしろそのパイの分け方の問題、つまり福祉・社会保障のあり方ではないのか、と。
これまでの福祉国家論は、経済成長とセットで考えるというのが通例であったのだが、今やそれは地球的な資源・環境制約と相容(あいい)れなくなっている。目指すべきは、資源・環境制約と両立しながら、福祉・社会保障が充実した、いわば「緑の福祉社会」であり「脱成長の福祉国家」、つまり定常状態の社会なのだという。広井氏は、百万年前にまでさかのぼって人類史の大鳥瞰(ちょうかん)図を描いてみせる。人類は、狩猟採集社会の中で拡張を続けた後に定常状態を迎えた。次に農耕社会の中で拡張を続けた後に定常状態を迎えた。そして今、工業社会の中での拡張期を経て、まさに定常状態に入りつつあるというのである。
橘木氏もまた、そうした定常状態論を受け容れつつも、むしろ足下の日本の現実に注目し、格差拡大の現状に分け入り生活保護の実態を語る。福祉・社会保障をより厚いものにしてミニマムの条件をクリアするならば、むしろ所得はほどほどの水準であってもいい。もしも高福祉を求めるのであれば、当然のことながら高負担を受け容れるべきで、その負担は、社会保険によるよりも税によるものへとシフトすべきである、と。そして両氏はともに、主要な財源として一五%以上の消費税を提唱する。
興味深い指摘がある。経済問題を見る際の、時間軸上の射程についてである。市場経済は、たとえば金融取引に象徴されるように、瞬時の選択と行動によってその成果が判定されてしまう。しかし、われわれが暮らす地域コミュニティ、それを包み込む自然環境は、より長期の時間軸の下でその持続可能性を判断しなければならない。時間軸の射程を長くとった時の経済的成果と、短期のそれとはおよそ異なるものであって、今やよりいっそう長期の時間的視野で問題を見きわめなければならないというのである。
最後に疑問点を一つ。二〇〇四年をピークに日本の人口は長期的な減少のプロセスに入った。今世紀の半ばには一億人を割り、今世紀末には五千万人を割ると予測されている。他の諸国には例を見ない急速な減少である。もしもGDPの定常状態を目標とするのであれば、その場合には、人口減少に伴い一人当たりのGDPは増え続けることになる。一方、もしも一人当たりGDPの定常状態を目標とするのであれば、GDPは定常状態どころかマイナス成長でもよいということになる。本書で定常状態として想定しているのは、果たしてどちらであろうか。
−−「今週の本棚:中村達也・評 『脱「成長」戦略−新しい福祉国家へ』=橘木俊詔・広井良典著」、『毎日新聞』2014年03月30日(日)付。
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http://mainichi.jp/shimen/news/20140330ddm015070015000c.html