覚え書:「今週の本棚:養老孟司・評 『天地人−三才の世界』=尾池和夫・竹本修三編著」、『毎日新聞』2014年03月30日(日)付。

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今週の本棚:養老孟司・評 『天地人−三才の世界』=尾池和夫・竹本修三編著
毎日新聞 2014年03月30日 東京朝刊

 (マニュアルハウス・5000円+税)

 ◇宇宙と地球の常識を自ら考えるための講演集

 ふつうの小説本より判型が一回り大きい。持ったら重い。開いたら活字がぎっしり、しかも横書き、五百頁(ページ)あまり。活字離れといわれて久しいこの世の中で、いまどきこんな本、だれが読むんだ。

 とりあえずそう思って、たまたま時差ボケの頭で読みだしたら、いつの間にか釣り込まれた。途中でいったん寝たけど、二日で読んでしまった。ああ、面白かった。

 表題がまず凝っている。「天地人」なら、NHK大河ドラマの解説じゃないか。そう思って副題を見ると「三才の世界」。ハテ、幼児教育本か。そうではなくて『和漢三才図会(ずえ)』の三才。もっといえば『易経(えききょう)』でさらには『孟子』。宇宙物理学の佐藤文隆が最後にそういう解説を書いている。さすがに京都人は学がありますなあ。私は根っからの関東人、我が家に近いお寺は太田道灌の屋敷跡。いまごろ山吹の花が出てきたって、遅すぎるわ。

 天は天文学、地は地球物理学、その二つの分野の専門家たちが、人つまり人文系の、いうなればなにもわからない人たちに、自分の専門分野をわかるように説明する。そういう趣旨の会合が七回、国際高等研究所などで開かれた、その記録である。もちろん人文系の人も逆に自分の分野から話をする。十人いるが、その中で京大教授の金文京、漫画家で四月から京都精華大学学長の竹宮惠子冷泉家の冷泉貴実子などが話している。

 二〇〇九年から一二年までかかっているので、途中で東北の大震災があった。編者の一人である尾池和夫は元京大総長、当時の国際高等研究所長、地震学者だから、東北地方太平洋沖地震について時宜を得た話をしている。地震と震災は違う。震度とマグニチュードは違う。そういうところから話してくれるから、たしかに素人向きである。次の南海地震は二〇三八年。ちゃんとそう書いてある。まあ、そのあたりと思っておけば間違いないということか。私は十分に死んでいないけど。

 編者のもう一人、竹本修三は測地学で、そんな学問があるとは知らない人も多いであろう。最初がその話で、地球の形や大きさ、重力の状態を物理学的に調べる、さらにその時間的変化を調べる。そういう分野である。メートルという単位は地球の大きさから定められた。それを知る人は多いであろう。でもそのためには地球の大きさを正確に測る必要がある。それをしたのがフランスで、世界のあちこちで測定を行った。とくにペルーに行った測量隊は九年かけて、緯度一度の距離を測って帰ってきたという。帰るときに現地の役人に測量杭(くい)は非常に重要なものだから、絶対残しておいてくれと頼んだら、役人はわかったという。安心して帰ったら、役人はその測量杭を引っこ抜いて、鍵のかかる部屋にしまいこんだ。素人はたいていそういう話しか覚えていないので、学者はあまり面白い話をしないのかもしれない。

 以下同様で、というとずいぶん乱暴な紹介になってしまうが、一回に三、四人ずつ話すので総計二十余人、それに各回の討論、質疑応答の記録が付属している。これらも現場の雰囲気を表わして興味深い。

 通読してわかる部分もわからない部分もある。それでいいわけで、全部がわかるはずがない。天文学や地球に関する学問とはどういうものか、それを知り、多少の常識を学び、さらに自分でものを考える面白さを知ればいいと思う。科学音痴を自称する人にもぜひ読んでいただきたい。だれだって宇宙の中の、地球に住んでいるんですからね。 
    −−「今週の本棚:養老孟司・評 『天地人−三才の世界』=尾池和夫・竹本修三編著」、『毎日新聞』2014年03月30日(日)付。

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http://mainichi.jp/shimen/news/20140330ddm015070018000c.html





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天地人 三才の世界 宇宙・地球と人間の関わりの新しいリテラシーの創造
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