覚え書:「今週の本棚・この3冊:アジアの文学作品=中沢けい・選」、『毎日新聞』2014年04月13日(日)付。
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今週の本棚・この3冊:アジアの文学作品=中沢けい・選
毎日新聞 2014年04月13日 東京朝刊
<1>赤い高粱(莫言著、井口晃訳/岩波現代文庫/1123円)
<2>台湾海峡一九四九(龍應台著、天野健太郎訳/白水社/3024円)
<3>世界の果て、彼女(キム・ヨンス著、呉永雅訳/クオン/2700円)
現代中国文学でもっとも有名な作家と言えば、ノーベル文学賞を受賞した莫言(ばくげん)がその筆頭だろう。莫言は器用な人で、右手と左手で同時に毛筆の文字を書くところを見て、これはたいしたものだと感嘆したことがある。作家や詩人に揮毫(きごう)を求める習慣が、中国、韓国、台湾にはまだ残っている。
莫言はマジックリアリズムの作家と紹介されることが多い。リアリスティックな語り口でいつの間にか幻想の世界に導かれる。1冊選ぶとすれば、映画にもなっている『赤い高粱(コーリャン)』だろう。ラバ1頭と引き換えに、業病(ごうびょう)のため嫁の来てがなかった造り酒屋の息子に輿入(こしい)れした女の物語。映画はチャン・イーモウの初監督作品だ。主演のコン・リーが美しかった。
蒋介石が南京から台湾へ去ったのは1949年。朝鮮戦争勃発の前年である。龍應台『台湾海峡一九四九』は蒋介石が台北を中華民国の臨時首都と定めた49年を中心として、日本人、中国人、台湾人、英国人、ロシア人、オーストリア人、米国人、とそれぞれの国籍を持つ人々が歴史の渦に巻き込まれる様子を描く。著者は「本書は文学であって、歴史書ではない」と言う。抑制された文章から亜熱帯の花の匂いや線香の香りが立つ向こう側に国際政治の複雑さが浮かび上がってくる。台湾も米軍によって空襲されたことを、この作品で知った。
朝鮮戦争は今も「休戦」のまま、その決着を見てはいないが、韓国は台湾とともにアジアの中で著しい経済成長をとげた。が、近年、60歳以上の男性の自殺率は急速に高まっている。経済成長の陰で、伝統的な価値観が崩壊する社会があり人々は孤独を抱え込む。キム・ヨンス『世界の果て、彼女』は他者に出会い、自分を発見する機会を描く短編集。家族や仕事からの逃避。失踪した父親を思う気持ち、失恋、ままならない夫婦関係など、現代のソウルでは、いや、東京でも、誰しもが抱え込んでいる孤独が描かれる。単に孤独を描くのではなく、そこに他者を発見するという奇跡をキム・ヨンスは忍ばせる。
2月にソウルの江南を歩いた。ベンツ、フォルクスワーゲンなどドイツ車が人気を集め、あちこちにイタリヤ料理店が店を開き、高級ブティックが立ち並び仕立ての良い背広を着たビジネスマンが闊歩(かっぽ)するのが江南の街だ。東京の中国人留学生が「莫言よりも村上春樹を読んでいる人が多い」と教えてくれたのを思い出した。
−−「今週の本棚・この3冊:アジアの文学作品=中沢けい・選」、『毎日新聞』2014年04月13日(日)付。
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http://mainichi.jp/shimen/news/20140413ddm015070027000c.html
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