覚え書:「今週の本棚:沼野充義・評 『驚くべき日本語』=ロジャー・パルバース著」、『毎日新聞』2014年04月13日(日)付。

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今週の本棚:沼野充義・評 『驚くべき日本語』=ロジャー・パルバース
毎日新聞 2014年04月13日 東京朝刊

 (集英社インターナショナル・1080円)

 ◇「世界語」に使われる可能性のある言語

 日本語の美しさと普遍性について、驚くべき説得力をもって語りかけてくる本だ。しかも、日本語の魅力について、これほど雄弁に論証しているのが、英語を母語とした「外国人」であるとは、驚くべきことではないか? このグローバル化時代に多くの日本人が、英語がしゃべれるようになろうと汲々(きゅうきゅう)とし、一部の大学や企業では互いに何を言っているのかじつはよく分からないくせに無理をして英語で会議をし、英語が得意ではない政治家が見栄(みえ)をはって海外で下手な英語を駆使してスピーチをするのがカッコいいと思われるこのご時世に、こういう本はとても新鮮だ。

 著者は、アメリカ生まれの作家・劇作家で、東京工業大学教授として長年教鞭(きょうべん)をとり、同大学の世界文明センター長もつとめた。二三歳のときに日本に初めて来て、日本語と日本文化に魅了され、いまや日本語を自分の「第二の天性」として使いこなす。宮沢賢治の研究者・翻訳者としても高い評価を受け、最高の日本語の使い手であることはよく知られている。しかし著者の視野をより広く自由にしているのは、それ以外の様々な言語にも通じ、世界の文化を幅広く見る視野を持っていることだろう。パルバース氏はじつはロシア語とポーランド語もマスターしており、たとえば来日したポーランドの映画監督アンジェイ・ワイダのために、ポーランド語と日本語間の通訳をしたことさえあるという。本書の爽やかな魅力は、日本語の素晴らしさを知り抜きながらも、それだけを特別扱いしない姿勢に貫かれていることから来ている。

 実際、すべての言語は「中立」的なものだというのが、本書の基本的な主張の一つである。つまり、人類のすべての言語は潜在的に等しく美しく、豊かな可能性を持っている。言語が醜くなるとしたら、それは誰がどんな目的でそれを使うかによる。戦時中に兵隊がわめき散らす言葉、愛国的プロパガンダとしてのニュース報道などが美しくないのは、ドイツ語であろうと、日本語であろうと同じこと。その一方で、日本語の美を追求してきたのは、すぐれた詩人や作家である。著者は一茶、芭蕉与謝野晶子萩原朔太郎宮沢賢治などの作品を取り上げながら、その表現と音の仕組みを解き明かし、日本語を母語とするわれわれがともすれば忘れがちな、日本語の美に対する新鮮な感覚を呼び起こしてくれる。

 日本語の美的可能性を誰よりも深く理解しながら、同時に日本語だけを特別扱いしないという著者の姿勢は日本語にまとわりつく様々な思い込みの否定につながる。日本語は日本人にしか本当には分からない、外国人が完璧に習得することはできない、日本語は曖昧で非論理的である(だから国際的コミュニケーションには向かない)、といった日本語をめぐる根強い「神話」を著者はばさばさ小気味よく切り捨てていくのだ。そして、英語と比べても日本語は決して劣らない、むしろ驚くべき柔軟性と、シンプルでありながら深い表現ができる優れた言語であることを、日本語の助詞の機能、豊かな擬態語、敬語などの例に基づいて論証していく。そして、最後には驚くべき結論が待っている−−日本語は潜在的には、「世界語」として使われる可能性を持った言語だというのである。

 「日本の国際化は、英語で始まるのではありません。日本語で始まるのです」という主張は、逆説的なようだが、英語を使うことイコール教育の国際化だと思い込んでいる人たちを批判する正論として強烈である。(早川敦子訳)
    −−「今週の本棚:沼野充義・評 『驚くべき日本語』=ロジャー・パルバース著」、『毎日新聞』2014年04月13日(日)付。

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http://mainichi.jp/shimen/news/20140413ddm015070033000c.html





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