覚え書:「今週の本棚:磯田道史・評 『巨大津波 地層からの警告』=後藤和久・著」、『毎日新聞』2014年05月04日(日)付。

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今週の本棚:磯田道史・評 『巨大津波 地層からの警告』=後藤和久・著
毎日新聞 2014年05月04日 東京朝刊

 (日経プレミアシリーズ・918円)

 ◇津波堆積物追い、被害想定へ

 東日本大震災以後、地震津波の研究現場で異変が起きている。震災前よりも、地震津波の規模が大きく語られるようになった。震災前は、まさか、そこまで大きな地震津波ではなかっただろう。そんな「まさか」との甘い考えがあって、過去の地震津波の規模も、襲来が予想される地震津波の大きさも、控えめに推定されていた。それが震災後、一変した。それまで、6メートルの津波が来たとされていた場所は9メートルの津波が来ていたと訂正され、さらに将来は15メートルの津波が来る可能性もある、というふうに、地震学者の見解の上方修正が相次いだのである。科学的推測とはいいながら、やはり人間は経験しないものはわからないものなのである。

 もう一つ震災後、変わったのは、地震津波の研究への地震学者以外の参入が顕著になったことである。私のような歴史学者や、地質学者、さらには生物学者・民俗学者までもが、この分野に入ってきた。本書の著者は地質学者で、もともと惑星探査研究センターで地球外天体衝突などを専攻されていたが、現在、東北大学で災害科学の研究に従事しておられる方である。

 今もっとも期待されている防災研究分野がある。巨大津波が陸上や海底に運んできた泥や砂=津波堆積(たいせき)物、津波の地質学的痕跡を追いかけ、それから過去の津波の姿を知る研究である。私は古文書から昔の津波を追っているが、正直、限界を感じる場面も多い。日本は地震津波の詳しい記録が1300年以上前の天武天皇の時代からあり、他国では過去500年がせいぜいだから、世界最長・最精密に津波を記録してきた場所だが、それでも室町時代以前は古文書が少なく記述もあいまいで、津波が一体どこまで陸地を浸水させたのか、推定するのに困ってしまう。ここで登場する助っ人が、本書のような津波が運んだ泥・砂・石の研究者である。人口密集地の地層は調査が困難で、地面から1−2メートル分は、人がかき混ぜていることが多いそうだが、池や沼の底には、しばしば過去の巨大津波が運んできた泥砂が痕跡として残っている。それを調べれば、巨大津波の被害の「物証」が得られる。堆積物のなかに含まれる海棲(かいせい)微生物をみれば、もっと過去の津波の姿がよくわかる。

 実は、東日本大震災前に、原発津波の危険を最も適切に警告していたのは、この津波堆積物の調査者たちであった。なにしろ、仙台平野の地面を掘ると、内陸3・5キロまで、過去の津波が運んだ砂が縞状(しまじょう)に積み重なっている。内陸5キロちかく浸水させる恐ろしい巨大津波が繰り返されているから、気をつけて、といってくれていた。

 地震学者による被害想定やハザードマップの問題点は、ある前提のもとで被害を仮想計算することである。この範囲の断層・岩盤が動く可能性があり、動くと、このぐらいの地震津波になる、とコンピューターで「シミュレーション」をする。しかし、仮想はあくまで仮想。人間が勝手においた前提の上に立つフィクションである。行政や鉄道会社は出費がかかるから、前提でいかようにもできるシミュレーションの被害想定で津波対策をしたがる。しかし、被害がきたら保険金を払わねばならない保険会社はどうか。損害保険料率算出機構のホームページをみると、津波浸水の「実績」データを大事にしていることがわかる。行政がこの前提条件を自由にし、過小な被害想定をしているところも目につく。著者がいうように物証からみた「過去の津波の浸水実績に基づく津波想定」を今後も進めていかねばならない。
    −−「今週の本棚:磯田道史・評 『巨大津波 地層からの警告』=後藤和久・著」、『毎日新聞』2014年05月04日(日)付。

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http://mainichi.jp/shimen/news/20140504ddm015070018000c.html





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