覚え書:「〈働く〉は、これから―成熟社会の労働を考える [編]猪木武徳 [評者]萱野稔人(津田塾大学教授・哲学)」、『朝日新聞』2014年05月11日(日)付。

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〈働く〉は、これから―成熟社会の労働を考える [編]猪木武徳
[評者]萱野稔人(津田塾大学教授・哲学)  [掲載]2014年05月11日   [ジャンル]経済 社会 

■魔法の解決策はないからこそ

 日本の社会で、働くということがここまで盛んに論じられるようになった時代もめずらしいかもしれない。拡大する非正規雇用やリストラの問題、ブラック企業の内実、女性の就業や高齢者の雇用など、そのテーマも多岐にわたる。それだけ、労働をとりまく社会環境が大きく変化しているということだろう。バブルの時代には日本経済の強さの秘密としてあれほどもてはやされた終身雇用や年功序列賃金といった慣行も、いまでは日本経済の長期停滞の元凶として槍玉(やりだま)にあげられるようになった。
 働くことをめぐって数多くの書籍が出版されるなか、本書の特徴は、論集のかたちをとりながら働くことの意味をできるだけ広い視野のもとで位置づけようとしているところにある。就労の形態も仕事の内容もますます多様化し、ライフコースの「標準」といったものがもはやなりたたなくなった時代状況において、働くことの価値をどのように考え、労働の現状をどのように改善していくべきか。こうした問いが本書を貫いている。といっても、けっしてそこでは抽象論が展開されているわけではない。統計的なデータを重視し、現場への訪問調査をいとわない姿勢が随所ににじみでている。
 本書のなかでも私がとくに関心を惹(ひ)かれたのは、ありうべき雇用改革を論じた清家篤の論考だ。雇用制度の改革というと、終身雇用をやめれば日本経済は再生するといったような、これまでのやり方を百八十度転換すれば問題は一気に解決するかのごとき勇ましい議論ばかりが目立つ。これに対し清家の論考は、広い視野にたてばそのような魔法の解決策は存在しえないこと、地道な努力だけが真の改革を進めることができることをていねいに説く。勇ましい議論になびきたくなる閉塞(へいそく)した時代だからこそ、謙虚に受けとめるべき貴重な提言である。
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 岩波書店・2052円/執筆者は猪木武徳杉村芳美清家篤、岩井八郎、藤村博之、宇野重規の各氏。 
    −−「〈働く〉は、これから―成熟社会の労働を考える [編]猪木武徳 [評者]萱野稔人(津田塾大学教授・哲学)」、『朝日新聞』2014年05月11日(日)付。

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