覚え書:ノーム・チョムスキーの展望する、「来るべきアナーキスト社会」

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問:あなたがアナーキスト社会という言葉を口にするとき、今の多くの人たちは誤った印象を持つのではと思います……あなたの描くアナーキスト社会とは、超過激な民主主義の一形態という意味なのでしょうか?

 まず最初に申し上げておくと、「アナーキズム」の概念をほんとうに把握している人は誰もいません。アナーキズムにはきわめて広い背景があります。実際に、アナーキスト運動にはあらゆる要素が見出せるでしょう。だからアナーキスト運動とは何かという質問には、ほとんど意味はありません。さまざまな人々が、自分にはアナーキスト的傾向があると言ったとしても、実際に考えていることはそれぞれ大きくちがっています。
 しかし、アナーキストの運動家や思想家たちが考えるなかでも、特に進んだ社会のあり方があります。きわめて高度に組織化、構造化された社会でありながら、自由と自発的な参加を基盤とするような社会のことです。
 たとえば、先ほどオハイオ州の労働者およびコミュニティ所有の工場ネットワークの話をしましたが、あれがアナーキスト本来のビジョンなのです。たがいに自由な結びつきを持った参加者たちが、企業を所有するばかりか、経営までするとしたら、これは進歩への大きな一歩でしょう。国家レベルにまで広がっていく可能性もある。世界レベルにまでも。そう、たしかに、権力の基盤の上に組織化された社会の、高度に民主的な形態ともいえます。もっとも、代表者をもたないという意味ではない−−代表者はいてもいいが、リコール可能で、参加者の影響下、制御下になくてはならないということです。
 こうした社会を誰が支持しているか? 名前を挙げるなら、アダム・スミスです。スミスが信じていたのは−−その信念が適切だったかどうかはともかく、市場システムと個々人の選択という「見えざる手」によって、誰もが参加できる平等な社会がもたらされるということでした。実際はるか昔の時代にまで遡れる。有史以来初めて政治について本格的に書かれた書物、アリストテレスの『政治学』にも、そうした考え方は見られます。
 アリストテレスはさまざまなタイプの政治体制を評価した結果、民主制が最も欠点の少ない体制だと考えました。しかし民主制は、なるべく平等な社会になるように組み立てなければ機能しないだろうとも言っています。そしてアテネに対し、具体的な制度の尺度を提案した。これは今の言葉でなら、福祉国家の尺度といえるでしょう。
 こうした考え方の由来はたくさんあり、その多くは啓蒙主義から直接生まれたものです。しかし誰も「アナーキストの社会はこのようになる」と言えるほど権威を持ってはいないと私は思います。ごく詳細な見取り図を描くことができると考える人たちもいる。しかしその点についての私の感じ方は、本質的にマルクスと同じです。そうしたビジョンをつくりあげるのは、自由に生きて役割を果たしつつ、自分たちにどういった社会やコミュニティがふさわしいかを自ら考え出そうとする人たちの役目でなくてはなりません。
    ノーム・チョムスキー松本剛史訳)「三〇年におよぶ階級闘争の果てに」、『アメリカを占拠せよ!』ちくま新書、2012年、85−88頁。

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