覚え書:「今週の本棚:中村達也・評 『<働く>は、これから』『しなやかな日本列島のつくりかた』」、『毎日新聞』2014年05月25日(日)付。

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今週の本棚:中村達也・評 『<働く>は、これから』『しなやかな日本列島のつくりかた』
毎日新聞 2014年05月25日 東京朝刊

 ◆『<働く>は、これから』=猪木武徳・編(岩波書店・2052円)

 ◆『しなやかな日本列島のつくりかた』=藻谷浩介・著(新潮社・1296円)

 ◇コミュニティ再生に「現智の人」育成

 この五月八日に日本創成会議が発表した人口予測が衝撃を呼んでいる。二〇四〇年の時点で、全国の自治体で二〇歳−三九歳の女性の数が、どれくらい減少するかの予測が示されたからである。ほとんどの自治体で大幅の減少が見込まれ、例えば秋田県では、二〇一〇年比で半分以下になる自治体が九六%にも上るという。この年代の女性人口が減少すれば、総人口の減少はいっそう進んで、自治体の存続そのものが危ぶまれるところも出てくるかもしれない。昨年発表された国立社会保障・人口問題研究所の試算をはるかに上回る厳しい数値である。

 高齢化と過疎化で地域コミュニティが維持できない、いわゆる限界集落も話題になってきた。しかしその一方で、若者たちが地域で働くことを選択する動きが目立つようになっているという。宇野重規が興味深い事例を紹介している(「<地域>において<働く>こと」『<働く>は』第五章)。島根県隠岐諸島中ノ島の海士町(あまちょう)の試みである。近隣の自治体との合併を拒否し、あえて単独での生き残りの途を選んだ町である。人口約二四〇〇人の町に、Uターン者だけではなく、他所からやって来た三〇〇人を超えるIターン者がいる。

 町ぐるみで、およそ二年もかけてとことん話し合い、「ひとチーム」、「産業チーム」、「暮らしチーム」、「環境チーム」が共同で『海士町をつくる二四の提案』を作成した。これには「一人でできること」、「一〇人でできること」、「一〇〇人でできること」、「一〇〇〇人でできること」が具体的に示されている。こうした提案を作りあげるプロセスそのものが、実は、コミュニティを作り直すプロセスでもあったのだ。さまざまな特産品を掘り起こし、オンラインの販売網で軌道に乗せる。島の内外に開かれた情報ネットワークを作る。島の外から人を呼び込むための住宅支援、子育て支援、起業支援の仕組みを拡(ひろ)げてゆく。過疎化が進む日本の各地で学校の統廃合が進む中で、この町の島前高校には、島外からの入学者も増えて元気を取り戻している。コミュニティが生まれ変わってゆく様子が生き生きと描かれている。

 コミュニティ崩壊の危機にあるのは、限界集落や離島よりも、ひょっとして大都市郊外のニュータウンかもしれない。というのも、地域に根ざして働くことが難しい大都市では、コミュニティ再生のための主体もノウハウも乏しいかもしれないからだ。そんな中にあって、むしろ例外的にコミュニティを見事に創り出した稀有(けう)な例が千葉県佐倉市ユーカリが丘である(藻谷浩介・嶋田哲夫対談「『ユーカリが丘』の奇跡」『しなやかな』第七章)。しかも、繊維問屋から転身した民間の不動産会社がその推進役を担ったのである。

 第二次石油危機の一九七九年に街づくりをスタートさせ、八二年には新交通システムが開通。不動産会社が自力で鉄道を走らせるなどきわめて異例のことだ。ドーナツ型に敷かれた線路の内側は農地と緑地が残る里山で、外側に住宅地が拡がる。ショッピングセンター、スポーツクラブ、複合映画館(シネコン)、ホテル、カルチャーセンター、温浴施設、病院、書店と、あらゆる都市機能をそろえた。そして、最近では富山型として知られるようになった、高齢者施設と学童保育施設を一体化したものを、日本中がバブル景気に沸いていた時期にすでに実現していたのである。多くの企業が土地投機に巻き込まれて巨大な損失を抱えてしまうことになったのとは対照的に、長期をにらんだ街づくりに取り組むことができたのは、この会社が非上場であったこともその一因だろう。上場大企業の多くが株高と高配当を求める株主の意向に流されがちであったのとは対照的に、街づくりの理念をじっくりと推し進めることができたのである。

 それぞれの現場に身を置き、深く掘り下げた思考と全体を俯瞰(ふかん)する眼力に裏打ちされた智恵(ちえ)を「現智」、それを備えた人を「現智の人」と藻谷が呼んでいる。海士町にしろユーカリが丘にしろ、そうした「現智の人」をどうやって生み出し育ててゆくのかが、コミュニティの作り直しには不可欠なことである。冒頭で触れたいささか悲観的な人口予測を乗り越えて地域が元気を取り戻すためにもである。『しなやかな』には、七人の「現智の人」と藻谷との興味をそそる対談が収められている。『<働く>は』でも、NPOや共済組合などの中間組織で働くことや、高齢期に働くことなど、さまざまな形と場で働くことの意味を改めて考えさせるヒントが埋め込まれている。若者、他所者(Iターン者)、そして常識にとらわれぬ発想のできる変人(現智の人)の果たす役割を、改めて考えさせられた二冊であった。
    −−「今週の本棚:中村達也・評 『<働く>は、これから』『しなやかな日本列島のつくりかた』」、『毎日新聞』2014年05月25日(日)付。

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http://mainichi.jp/shimen/news/20140525ddm015070011000c.html





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