覚え書:「今週の本棚:大竹文雄・評 『労働時間の経済分析』=山本勲・黒田祥子著」、『毎日新聞』2014年05月25日(日)付。


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今週の本棚:大竹文雄・評 『労働時間の経済分析』=山本勲・黒田祥子著
毎日新聞 2014年05月25日 東京朝刊

 (日本経済新聞出版社・4968円)

 ◇正規雇用の労働時間、25年前とほぼ同じ

 「日本の1人当たり平均労働時間は1980年代末以降、傾向的に減少している」というのは事実だろうか。

 「そんなはずはない」、「長時間労働が続いて困っている」、「ワーク・ライフ・バランスなんて全く取れていない」という声が聞こえてきそうだ。

 実は、日本の1人当たり平均労働時間は、どのような統計を使っても傾向的に減っていることが確認できる。「それが事実だとしても残業代がつく労働時間だけで、サービス残業まで含めれば、労働時間が減っているはずがない。統計がおかしいだけだ」という反論もありそうだ。

 平均労働時間が減少しているにもかかわらず、長時間労働が問題となっているというのは、私たちの認識が間違っているということなのだろうか。もし、長時間労働が事実だったとしたら、なぜ日本人は長時間働くのだろうか。長時間労働を解消して、仕事と生活のバランスを取ることは可能なのだろうか。

 労働経済学者である著者の山本勲氏と黒田祥子氏は、こうした問題に対して、様々なデータを駆使して実証的な答えを与えてくれる。なかでも、「社会生活基本調査」という15分刻みの行動を調べたデータを使った分析は興味深い。

 1人当たり平均労働時間が減少してきているにもかかわらず、私たちは長時間労働をしていると感じているのは、なぜだろうか。著者たちの回答は、つぎのとおりだ。平均労働時間が減少したのはパートタイム雇用者の比率が上昇したことが原因で、フルタイム雇用者の平均労働時間は25年前とほとんど変化していない。しかも、フルタイム雇用者の平日の労働時間は、週休二日制の普及のため、増加している。長くなった平日の労働時間は、毎日約22分の睡眠時間の減少という形でしわ寄せが及んでいた。

 人がどのような時間に働いていたかを明らかにしてくれるのが、15分刻みの行動を記録したデータの面白さだ。本書によれば、1990年代から2000年代にかけて、平日の深夜や早朝の時間帯で働く人が、非正規労働者を中心に増えたそうだ。では、なぜ深夜や早朝に働く非正規雇用者が増えたのだろうか。著者たちは、正規雇用者の平日の労働時間の長時間化が帰宅時間を遅くし、それが深夜の財やサービス需要を増やしたことが背景にあることを、統計的な分析から明らかにする。

 裁量労働制になると、私たちの労働時間は長くなるのだろうか。本書の分析によれば、不況期にはそうなる可能性があることが示されている。転職が難しい状況が労働者の交渉力を弱めてしまうからだと、著者たちは説明する。

 国際的にみて、日本人は長時間労働だと本当に言えるのだろうか。著者たちの答えはイエスだ。通常の労働時間でみても、仕事と育児・家事を合わせた労働時間でみても、日本人は米国人よりも長時間労働をしている。残念なことに、日本の1時間当たりの生産性は経済協力開発機構OECD)諸国の中で下位である。それに、日本人は希望する労働時間よりも長く働いている人の比率が他国よりも高い。しかも、希望する労働時間そのものも外国よりも長い。長時間労働メンタルヘルスを悪化させている人も多い。こうした日本人の特徴は、日本人の特性というよりも日本の企業社会という環境が原因であり、ワーク・ライフ・バランスも生産性もあげる可能性があることが実証的に示されていることは、読者に希望を与えてくれる。
    −−「今週の本棚:大竹文雄・評 『労働時間の経済分析』=山本勲・黒田祥子著」、『毎日新聞』2014年05月25日(日)付。

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http://mainichi.jp/shimen/news/20140525ddm015070028000c.html





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