覚え書:「今週の本棚:中村桂子・評 『ねずみに支配された島』=ウィリアム・ソウルゼンバーグ著」、『毎日新聞』2014年07月20日(日)付。


4

        • -

今週の本棚:中村桂子・評 『ねずみに支配された島』=ウィリアム・ソウルゼンバーグ著
毎日新聞 2014年07月20日 東京朝刊

 (文藝春秋・1944円)

 ◇絶滅原因は人間が持ち込む侵入種

 大洋に浮ぶ島は地球の陸地の五%にすぎないが、鳥類・哺乳類・爬虫(はちゅう)類に関しては、それぞれその二〇%がここで生まれている。一方、この三〇〇〇年間、鳥類・爬虫類の絶滅という悲劇の六三%は島が舞台だった。今も絶滅危惧種リストのほぼ半数は島の固有種である。島は最も多産であると同時に最も危険な場所でもあるのだ。

 絶滅の最大の原因は侵入種である。人間が持ち込んだネズミ、ネコ、イタチ、ヤギ、ブタ、ウサギ、マングース、ヘビ、時にはアリまでが先住者を襲う。実は、かの有名なイースター島の崩壊にもネズミが関わっていたことがわかってきた。移住したポリネシア人が木が育つのを待たずに伐採したために森が消えたという従来の説に対し、人間と共に入ったネズミが種子を食べつくし森が消えたと考えた方がよさそうなのである。

 ニュージーランドの島々の地面を歩くカカポ(オウムの仲間)やキウイなどが消えたのも人間が持ち込んだ動物のせいである。一八六四年に猟の獲物として持ち込んだウサギがヒツジを襲った。そこでウサギ退治のためにイタチやオコジョを入れたのだが、彼らはすぐにウサギより地面を歩く鳥の方が獲(と)りやすいことに気づいた。

 そこで九四年政府は無人島に鳥たちを移し、ハンターでナチュラリストのリチャード・ヘンリーを番人にした。カカポは、卵の数は一回に一、二個、巣立ちまでに二か月かかり、子育てはいかにも無防備なのである。そして九七年には、近くの島にイタチが現れた。さあ大変と鳥たちをまた別の島へ移すが、「それは休みなく攻めてくる敵に無力な抵抗をしつづけるという、精神を消耗するだけの仕事」になってしまった。一九〇二年初め、ヘンリーは辞職する。

 七〇年代、カカポ移動が再開されたが、「カカポたちが求めていたのは、念入りな世話ではなく、生きるための場所」だった。これは絶滅の危機にある動物すべてに言える。そこで、島の侵入者、とくにネズミ全滅作戦が始まった。用いられたのは抗血液凝固剤である。これを入れた餌を食べたネズミは失血死する。ネズミ社会では、大きなオスが大胆さと注意深さのバランスがとれた個体として親分になり、その嗅覚テストを通過した情報が仲間に伝わる。これを利用して、ニュージーランド南島の島ブレークシーで、ネズミ絶滅作戦が成功した。八八年のことである。

 一方アリューシャン列島に、一七八〇年日本の漁船からの数匹のネズミ上陸がきっかけで、その後「ラット島」と呼ばれることになった島がある。ここでもニュージーランドと同じ作戦がとられ、二〇一〇年にネズミの絶滅が確かめられた。

 この作戦は順風満帆ではない。薬剤を食べたネズミを獲ったワシが死ぬなど他の生物への影響や自然保護仲間からの動物を死に追いやる行為への疑問もあった。薬剤をまいた地域に解毒剤を置く人々もいた。正解は何か、難問である。

 ここで思うのは、地球も島だということである。人間が貿易により「雑草、病気、害虫も運び、さらに多くの場違いな哺乳動物を各地にばらまき、それらが爆発的に数をふやしている」のだ。そこで、「本当は、わたしたち人間が悪いのだ」というところに戻らざるを得ない。悩み抜いた自然保護団体創設者は「動物たちは人道的に扱われなければならない。命を奪う瞬間まで」と当面の答を出す。最もよい答は何で、何をしたらよいのか。わからない。(野中香方子(きょうこ)訳) 
    −−「今週の本棚:中村桂子・評 『ねずみに支配された島』=ウィリアム・ソウルゼンバーグ著」、『毎日新聞』2014年07月20日(日)付。

        • -


http://mainichi.jp/shimen/news/20140720ddm015070016000c.html





Resize1639




ねずみに支配された島
ウィリアム ソウルゼンバーグ
文藝春秋
売り上げランキング: 914