覚え書:「今週の本棚:井波律子・評 『二千七百の夏と冬 上・下』=荻原浩・著」、『毎日新聞』2014年07月27日(日)付。


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今週の本棚:井波律子・評 『二千七百の夏と冬 上・下』=荻原浩・著
毎日新聞 2014年07月27日 東京朝刊

 (双葉社・各1404円)

 ◇縄文・弥生人骨が語る歴史ファンタジー

 東日本大震災から数か月後の2011年夏、関東某所のダム建設予定地から、およそ二千七百年前のものと見られる、縄文人少年の古人骨が発掘された。推定年齢は十五歳。まもなく少年と手を握り合った少女の人骨も発掘される。少女はなんと弥生人だった。

 某新聞の地方支局に勤める女性記者は、このニュースに心引かれ、「骨は語る」という連載企画ができないものかと、多角的な調査と取材にとりかかる。これを皮切りに、少年が生きた縄文・弥生時代と現代を交錯させながら、スリリングな物語世界が展開される。

 かの少年ウルクは、縄文人の小集落ピナイ(谷の村)に、母と幼い弟と三人で暮らしていた。ピナイの人々は狩猟と採取で食糧を得ており、リーダーはむろん存在するが、強権をもつわけではなく、クマなどの大きな動物を射止めたときは、鎮魂を祈るなど、概して平穏な日々を送っていた。ウルクの願いも、早く一人前の狩人になることだった。

 そんなウルクに大きな転機が訪れる。弟が重病にかかったのだ。ウルクも幼いころ、同じ病気にかかったことがあり、父が命がけでクマを倒し、胆(きも)を食べさせてくれたおかげで命拾いしたのだった。かくて、弟を助けるべく、ウルクはクマを捜して山中に分け入り、掟(おきて)で定められた境界を越えてしまう。巨大なヒグマに遭遇したものの、歯が立たず、何とか木の実などを持ち帰ったときには、すでに弟は絶命していた。

 掟を破ったウルクは追放の憂き目にあうが、ヒグマを仕留め、「海渡り」と呼ばれる人々が栽培するという「コメ」を見つければ、帰郷が許される。泣き叫ぶ母を残して旅立ったウルクは、山中を彷徨(ほうこう)するうち、かのヒグマに出くわす。持てるかぎりの武器を使い、知恵を絞って、死闘をくりかえした果てに、ついに仕留めることに成功するが、深手を負い、力尽きて気を失ってしまう。このウルクとヒグマの壮絶な闘いの描写は、まことに臨場感にあふれ、ぐいぐいと読者を引き込む迫力に満ちており、圧巻というほかない。

 ウルクが助けられ蘇生したのは、海渡り人の国、「フジミクニ」だった。高みから富士山が見えるこの国は、ウルクの故郷ピナイに比べてはるかに人口が多く、稲作が行われ、猪(いのしし)が飼育され、強権をもつ「王」や戦士もいる。ピナイでは狩猟は行うが、人を射たりはしない。肥沃(ひよく)な土地を狙う王の思惑によって、ウルクは命を助けられ、猪の飼育係になる。

 さらに、かつて境界を越えてさまよった時、出会った少女カヒィと再会し、二人は恋に落ちる。カヒィは王の三番目の妻と目されていたため、ウルクは王の怒りを買い、殺されそうになるが、逆に王を猪の飼育場に追いこみ、ウルクになついている猪を駆り立てて、窮地を脱する。かくして、追手を振り切りながら、コメの苗を手に、カヒィとともにピナイをめざそうとする。しかし、凄(すさ)まじい地震が起こり、ピナイとカヒィは巻き込まれてしまう。これが、手を握り合う縄文の少年と弥生の少女の骨が語るドラマのあらましである。

 奇想天外な歴史ファンタジーだが、稲作や動物の飼育がなされる弥生人の国では、穏やかに時が流れる縄文人の集落とは異なり、支配と被支配の関係が強化され、強権をもつ者が出現し、より肥沃な土地を求める戦いが始まるさまもまた、浮き彫りにされる。楽しく読みながら、文明や進化とは何なのかと、考えさせられる快作である。
    −−「今週の本棚:井波律子・評 『二千七百の夏と冬 上・下』=荻原浩・著」、『毎日新聞』2014年07月27日(日)付。

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http://mainichi.jp/shimen/news/20140727ddm015070017000c.html





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