覚え書:「今週の本棚・本と人:『日露戦争史全3巻』 著者・半藤一利さん」、『毎日新聞』2014年07月27日(日)付。
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今週の本棚・本と人:『日露戦争史全3巻』 著者・半藤一利さん
毎日新聞 2014年07月27日 東京朝刊
(平凡社・各1728円)
◇戦史、文学史両面から見た成果−−半藤一利(はんどう・かずとし)さん
ベストセラー『昭和史』の著者、「歴史探偵」が今回描いたのは、近代日本の方向性を決定した、あの大戦争である。司馬遼太郎の大著『坂の上の雲』をはじめ、あまたの作品がある。もう描き尽くされたのでは?
「いえいえ。司馬さんたちの後、新たな史料が出てきました。研究も進んでいる。使わないのはもったいない」
たとえば、戦争前半のクライマックス、旅順要塞(ようさい)の攻防だ。司馬作品では有名な二〇三高地を日本が占領したことにより、旅順のロシア艦隊は壊滅したことになっている。だが実際はその前に、日本軍の砲撃で艦隊は「浮かべる鉄屑(くず)」と化していた。さらに秋山真之(さねゆき)参謀の手になる、日本海海戦を直前に発せられた有名な電文「本日天気晴朗なれども波高し」や「東郷ターン」についても、先行作品が伝えない事実を浮かび上がらせた。「探偵」の面目躍如である。
凄惨(せいさん)な戦闘のみならず、同時代の世相や文化の在りようが生き生きと描かれる。夏目漱石は戦争をどう描いたか。石川啄木、トルストイはどうか。そして永井荷風。武張った世界からはとても遠いようにみえる文豪だが、妙な形で日露戦争とかかわっていた。戦史、文学史双方に精通してこその成果といえる。「本当は1冊にするつもりだったんですが、どんどん広がっていって」、全3巻の大著となった。
明治を舞台にしながら、昭和史の軍人たちが随所に登場するのも本書の特徴だ。
1930年生まれ。大日本帝国で日露戦争がどう語られてきたかを知っている。「国力に勝るロシアを打ち破ったという、誇るべき物語でした」。実情はどうか。帝国軍人の現場での善戦。為政者たちの、当時の国際的パワーバランスを読み切りそれを利用した外交力。さらには革命におびえるロシアの国内事情もあって、何とか優勢なままに講和にこぎ着けたのだ。日本側に戦争を続ける余力は乏しかった。
ロシアと戦った為政者や軍人たちは、こうした現実を知っていた。だが「後世の軍人たちは日露戦争の実相をしっかり学ばず、昭和史をあらぬ方向へと動かしてしまった」。では戦争の後、明治のリアリズムはどういう経過をたどって失われていったのか。さらなる調査を期待したい。<文と写真・栗原俊雄>
−−「今週の本棚・本と人:『日露戦争史全3巻』 著者・半藤一利さん」、『毎日新聞』2014年07月27日(日)付。
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http://mainichi.jp/shimen/news/20140727ddm015070030000c.html