覚え書:「今週の本棚:本村凌二・評 『神と黄金 上・下』=ウォルター・ラッセル・ミード著」、『毎日新聞』2014年07月27日(日)付。

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今週の本棚:本村凌二・評 『神と黄金 上・下』=ウォルター・ラッセル・ミード著
毎日新聞 2014年07月27日 東京朝刊

 ◇『神と黄金 イギリス、アメリカはなぜ近現代世界を支配できたのか 上・下』

 (青灯社・各3456円)

 ◇ローマ帝国に重なって見える米英覇権

 すっかりなじみの言葉になったデジャヴー(既視感)だが、西洋古代史を学ぶ者にはことさら見たような気がしてならない。毎年のように夏の休暇をロンドンで過ごしてきたせいか、大英帝国と現代のアメリカの覇権が一続きの世界帝国のように思えていた。しかも、それがかつてのローマ帝国の覇権とどこか重なって見えるのだった。その個人的な感慨が本書の基調を奏でるのだから、ひたすら読みふけるしかなかった。

 アメリカでは、イギリスの歴史と文化に関する授業がほとんどないという。そのため英米両国が似た者どうしであることに気づかない米国民が多いらしい。むしろ英語を母国語としない人々がそのことを感知しており、「アングロ−サクソン」勢力として一様に見る。この勢力は三百年以上にわたって勝者の側にあり、その勝利の歴史が今日にいたる世界を形成してきたのだ。

 17世紀半ば、クロムウェル護国卿はイングランド議会で演説し「われらの敵は国の内外を問わず、この世界の邪悪な者たちすべてである」と語った。なかでも大敵はスペイン人だった。一九八三年には、アメリカ大統領レーガンは「ソ連は現代世界の悪の中心である」と非難した。

 このような邪悪な勢力との戦いに、アングロ−サクソンの英語圏地政学的国家戦略をもって臨む。それは首尾よく圧倒的な「海洋の力」であった。かつて古代のローマ人がカルタゴ海軍に勝る海洋戦力を築いたように、17世紀のオランダは貿易・投資・軍事力のシステムによる海洋国家秩序を開発していた。それ以後、四百年の世界史は、この海洋国家秩序の主導権が、オランダからイギリスへ、やがてアメリカへと移ったという物語に縮約できる。

 だが、イギリスが植民地帝国のシステムをつくったのには倣わず、アメリカは旧植民地の独立を支援しながら、グローバルな経済システムを巧みに編み上げる。他国を征服し抑えつける帝国よりも、帰属を自由に選ばせる秩序がものを言うのである。それも、母国語を共通とするせいか、イギリスの経験をアメリカが反面教師として学んだからにほかならないのではないだろうか。

 ところで、18世紀以降の西欧の自由な資本主義には、どこか不確かな緊張がつきまとい、不平等になりやすい。その不条理を受け入れ耐えていくには、ある能力が求められるのかもしれない。アングロアメリカ人は、流動する金融市場で富を有効に活用しながら、躍動する資本主義経済のなかで生き残る意志と技術にたけていたと言うしかない。

 だが、外から見れば、そこには力への頑固で非情な意志があり、それに残酷で利己的な強欲がともなっている。かつて独立戦争のときに、フランスは本国に抵抗するアメリカ植民地を支援した。イギリス商人に辛酸をなめさせられていた実直なアメリカの農民たちはフランスに与(くみ)するにちがいないと期待していたという。だが、目を凝らして見れば見るほど、アメリカ人はイギリス人に似てくるのだった。マルクスボードレール、ピウス九世はほとんど協調するところはないが、「怪物アングロアメリカの脅威」という讃美歌だけは一緒に歌えるはずだった。

 著者によれば、現代世界は二つのメタ物語で形成されているという。それは個人や集団の意志よりも大きな力をもち、すでにある事実としてのしかかる。ひとつは旧約聖書にあるアブラハムの物語であり、わが民の生活は神の召命によって形づくられたと信じることである。もう一つは、新しく流布した資本主義の物語である。資本主義は「あらゆる民族を、どんな未開な民族をも、文明のなかに引き入れる。……一言で言えば、資本主義は、それ自体の姿に似せて世界を創造するのだ」(『共産主義者宣言』)とマルクスが感じとっていたことにある。

 しかも、この二つの物語には深い親和性があり、資本主義によってアブラハム物語が成し遂げられるのである。あえて言えば、「神がわれらの側にあり」と信じたアングロアメリカ人は、数世紀にわたる勝利の経験と経済の発展によって、ますます自信を深めていく。まさしく「神と黄金」が結びついたのである。

 ナポレオンの敗退、ドイツ皇帝の退位、ヒトラーの敗北、ソ連の崩壊とつづけば、そのたびに、苦難の歴史は終わり、輝かしい日が訪れると宣言していた。だが、自信にあふれる予言はことごとく外れてしまった。なぜにかくも歴史の行方を見誤るのだろうか。

 自由資本主義を率いてきたアングロアメリカ人は巨大な騒々しい文明の廃墟(はいきょ)を残すだけなのだろうか。ここにはその内側に立つ者の自問自答の慟哭(どうこく)があり、傾聴に値する真摯(しんし)な書である。だが、アブラハム物語に与しない外側からすれば、歴史に終わりなどなく、グローバル世界もやがて歴史の一幕になる、と思えてならないのだが。またしてもギリシャ悲劇が主題としたヒュブリス(傲慢)がくりかえされるだけなのかもしれない。(寺下滝郎訳) 
    −−「今週の本棚:本村凌二・評 『神と黄金 上・下』=ウォルター・ラッセル・ミード著」、『毎日新聞』2014年07月27日(日)付。

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http://mainichi.jp/shimen/news/20140727ddm015070026000c.html





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