覚え書:「今週の本棚:海部宣男・評 『NASA−宇宙開発の60年』=佐藤靖・著」、『毎日新聞』2014年08月03日(日)付。

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今週の本棚:海部宣男・評 『NASA−宇宙開発の60年』=佐藤靖・著
毎日新聞 2014年08月03日 東京朝刊

 (中公新書・950円)

 ◇人類は宇宙にどう挑み続けるのか

 NASAといえば宇宙空間を舞台にした華やかな活動が思い浮かぶ。1969年に人類を月面に立たせたアポロ計画は、NASAのすばらしいスタートを印象付けた。続いてスペースシャトル国際宇宙ステーション、太陽系の姿を一変させた数々の太陽系探査、ハッブル宇宙望遠鏡など大気圏外からの宇宙観測の成果。二十世紀後半の人類のめざましい宇宙進出の歴史は、そのままNASAの歴史といって過言ではない。

 しかしそのNASAはいま、「明瞭なミッションを失い、長期的な方向性も定まらない」。漂流しかけていると、著者はいう。輝かしいNASAは、どこへ行ったのか。宇宙への発展は、二十一世紀も人類の夢であり続けるだろうか。

 宇宙工学を学びペンシルヴェニア大学で科学史科学社会学の学位を得た新進の著者が、NASAの軌跡を実に丁寧に追った。米ソ冷戦の中で生まれ急成長したNASAは、人員約二万人、年間予算は二兆円に近い。この巨大組織は、ゴダード、マーシャル、JPL、エイムズなど十指に余る研究・開発・事業組織を擁する。それぞれが日本の宇宙航空研究開発機構JAXA全体に匹敵する規模を持つ各組織がまた異なる由来と得意分野を持ち、激しく競い協力しながら、NASAの事業を進めてきた。だからこそ、宇宙への進出という人類未踏の事業が可能だった。欠陥や紆余(うよ)曲折はあろうとこの大事業をリードしてきた米国の人々に、率直に敬意を表する気になる。著者の分析は各時代の長官の立場、組織間の競合、選挙区の雇用に敏感な政治家の介入にも及び、ドキュメンタリーとしての面白さもある。

 ソ連スプートニクに慌てて作られたNASAだが、「非軍事」及び「科学目的と科学者の参画」を法律で明記していることに心を留めたい。「非軍事」は、公開と透明性は科学的事業の根幹という確固たる姿勢によるものだ。見習うべきである。

 とはいえNASAは非軍事部門での東西対立の先端にあり、政治と不可分だった。アポロ計画スペースシャトル、宇宙ステーションというNASAの根幹的大プロジェクト(本書の章立てにもなっている)は、すべて大統領の直接決定だ。

 アポロによる急成長、その反動、新たな目標設定と重大事故、組織の見直しや巨大予算への批判の拡大と、淡々と記述は進む。その中から、NASAの位置の低下、そして宇宙への進出という課題そのものの変化が、徐々に滲(にじ)み出て来る。目標を見失い漂流しかけているのは実は超大国アメリカそのものという面から見れば、NASAの「漂流」はその政治的反映でもある。実際面では、欧州や日本が宇宙技術・宇宙科学の力をつけてきたことも変化の一因だ。さらに本質的要因として、ナノテクノロジーやゲノム医療・生命科学、温暖化問題を含む環境科学など、「生活と生存により直接的にかかわる大型科学」への関心の高まりも、自然な流れだろう。

 それでも人々は、NASAに希望を託している。いまNASAを支えているのは「漠然とした期待感」と、著者はいう。それは、人類が夢見てやまない新しい世界、未来への期待感だろう。いまNASAで大いに気を吐くのは、宇宙の観測と太陽系探査だ。膨張宇宙の起源や地球外生命の探査など、新たな科学的認識への期待が膨らんでいる。やがて、今は遠い有人惑星探査も、見えてくるだろう。そうした期待を背に、地道な国際共同を拡(ひろ)げ真に全人類の課題として宇宙への挑戦をリードしてゆくNASAを見たいのは、著者や評者だけではないだろう。
    −−「今週の本棚:海部宣男・評 『NASA−宇宙開発の60年』=佐藤靖・著」、『毎日新聞』2014年08月03日(日)付。

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http://mainichi.jp/shimen/news/20140803ddm015070013000c.html





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